洋15-47

「インヒアレント・ヴァイス」
    

                   2015(平成27)年4月25日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本・製作:ポール・トーマス・アンダーソン
原作:トマス・ピンチョン『LAヴァイス』(新潮社刊)
ラリー・“ドック”・スポーテッロ(ヒッピー探偵)/ホアキン・フェニックス
クリスチャン・F・“ビッグフット”・ビョルンセン(ロサンゼルス市警の警部補)/ジョシュ・ブローリン
コーイ・ハーリンゲン(名うてのサックス奏者)/オーウェン・ウィルソン
シャスタ・フェイ・ヘップワース(ドックの元恋人)/キャサリン・ウォーターストン
ペニー・キンボル(ロサンゼルス検事局の地方検事補)/リース・ウィザースプーン
ソンチョ・スライマックス(ドックの馴染みの弁護士)/ベニチオ・デル・トロ
ドクター・ルーディ・ブラットノイド(コカイン中毒の歯科医師)/マーティン・ショート
ホープ・ハーリンゲン(コーイの妻、ドックに調査を依頼する元ヒッピー)/ジェナ・マローン
ソルティレージュ(ドックのオフィスの元従業員)/ジョアンナ・ニューサム
マイケル(ミッキー)・ザカリ・ウルフマン(シェスタを愛人として囲う、億万長者の不動産王)/エリック・ロバーツ
ジェイド(風俗店チック・プラネットのマネージャー)/ホン・チャウ
ペチュニア・リーウェイ(ドックのLSD探偵事務所とオフィスを共有する診療所の看護師)/マーヤ・ルドルフ
ジャポニカ・フェンウェイ(クロッカーのわがまま娘)/サーシャ・ピーターズ
タリク・カーリル(ギャング“ブラック・ゲリラ”一家の一員)/マイケル・ケネス・ウィリアムズ
リートおばさん(ドックの母方の伯母)/ジーニー・バーリン
クロッカー・フェンウェイ(“闇の王子”と呼ばれる超大金持ちの弁護士)/マーティン・ドノヴァン
グレン・チャーロック(ミッキーの用心棒、ギャング団アーリア人同胞団のメンバー)/クリストファー・アレン・ネルソン
2014年・アメリカ映画・149分
配給/ワーナー・ブラザース映画

<この原作者と、この監督に注目!>
 今や村上春樹はノーベル文学賞に最も近い作家として世界的に有名だが、あなたは1960年代から混沌とした社会に踏み込むアメリカ文学界の“声”として称賛されてきた作家・トマス・ピンチョンを知ってる?寡聞にして私は、『風と共に去りぬ』(36年)のマーガレット・ミッチェルや『ライ麦畑でつかまえて』(51年)のJ・D・サリンジャーは知っていても、トマス・ピンチョンは知らなかった。
 本作のパンフレットは税込1000円と高価だが、ボリュームいっぱい。そこには①PRODUCTION NOTESの「A NOTE ON THE TIMES(時代の考察)」、②「ON GORDITA BEACH(ゴルディータ・ビーチで)」、③佐藤良明氏のCOLUMN「トマス・ピンチョンの世界」、④森直人氏のTRIVIA「インヒアレント・ヴァイス小辞典」等の、トマス・ピンチョンに関するコラムが収録されており、大いに読み応えがある。さて、そんな作家・トマス・ピンチョンとは?
 他方、①『ブギーナイツ』(97年)、②『マグノリア』(99年)、③『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07年)(『シネマルーム19』300頁参照)、④『ザ・マスター』(12年)(『シネマルーム30』213頁参照)に続いて本作を監督・脚本・製作したポール・トーマス・アンダーソンは、そのフィルモグラフィを通して、彼の生まれ故郷である“カリフォルニア”を追い続けてきたそうだ。そのことは、門間雄介氏のCOLUMN「ポール・トーマス・アンダーソンが紡ぐ、歴史、そしてカリフォルニア」を読めば明らかだ。そこには、「『ブギーナイツ』(97)や『マグノリア』(99)に刻み込まれたのは、カリフォルニア州ロサンゼルス郊外、サンフェルナンド・バレーの光と影であり、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『ザ・マスター』が怪物的な男の人生を重ねたのは、カリフォルニアの荒涼とした風景だった。と考えると、トマス・ピンチョンが70年のカリフォルニアについて描いた小説『LAヴァイス』は、“歴史”と“カリフォルニア”が交錯する、まさにPTAにうってつけな作品だったことがわかる」と書かれている。これを読めば、作家・トマス・ピンチョンと、映画監督・ポール・トーマス・アンダーソンが結びついた必然性がよくわかる。
 本作の鑑賞については、まずこの原作者とこの監督に注目!

<インヒアレント・ヴァイスとは?その意味に注目!>
 本作は、原題が『INHERENT VICE』なら、邦題も『インヒアレント・ヴァイス』。しかし、日本人の普通の英語力では、このタイトルの意味がわかる人は少ないはずだ。ウィキペディアによれば「INHERENT VICE」は保険用語で、「『もともとの固有の性質として備わっている』という意味。例えば疲労亀裂などでものが破損した場合、それはもともとそれが固有の性質として破損したことになるので、保険会社は保険料の支払いを拒否することができる」と説明されているが、さてそのココロは・・・?
 また、パンフレットの冒頭には、「INHERENT VICE(内在する欠陥)」とは「海上保険用語のひとつ。生まれながらの性質として変えられない欠陥により、どうしても避けられない損害のこと。例えば、卵は割れる。国家は腐敗する。それらを原因とした事故への補償は免除される」と解説されているが、さてそのココロは・・・?
 他方、スクリーン上では「INHERENT VICE」は「内在する欠陥」と訳されており、スクリーン上では「私は“貴重な積荷”。“内在する欠陥(インヒアレント・ヴァイス)”により保険を掛けられないって」という意味シンなセリフが登場するので、それに注目!さらに、佐藤良明氏のCOLUMN「トマス・ピンチョンの世界」には、「歴史の背後に働いている目に見えない邪悪(ヴァイス)さを、この作家は描き続ける。そのものズバリ『Inherent Vice(内在するヴァイス)』というタイトルの本作も同じ。アメリカというシステムに染みついた“ヴァイス”が、“1960年代の希望”を押しつぶしにやってくる。それと闘う私立探偵ドックが、最後に、苦みのきいた僅かな勝利を得るという筋立てだ」と書かれているから、それにも注目!
 本作の鑑賞については、第2に『インヒアレント・ヴァイス』というタイトルが意味するものに注目!

<ドック探偵のキャラに注目!>
 私立探偵を主人公にした小説では、何といっても江戸川乱歩の『怪人20面相』シリーズにおける明智小五郎が有名。それ以外にも、横溝正史の金田一耕助も有名だ。また、世界的には、何といってもアーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』シリーズが有名だ。しかして、本作の主人公となる私立探偵ドックことラリー・スポーテッロについて私は寡聞にして何も知らなかったが、さてあなたは・・・?私立探偵を標榜する以上、頭はシャープでなければならないはずだが、さてポール・トーマス・アンダーソン監督が描く私立探偵ドックのキャラは?
 本作のパンフレットには、カリフォルニア州ゴルディータ・ビーチに住むドックは、「ヒッピー探偵」と書かれているが、それって一体ナニ?また、ドックはマリファナ大好き人間で、四六時中マリファナを吸ってラリっているらしいが、そんな男に探偵が務まるの?ドックを演じたハリウッドきっての個性派俳優ホアキン・フェニックスは、「この映画をひとことで説明すると」との質問に対して、「なんとも説明がつかないんだ。何を語っているのか特定するのが難しい。第一、四六時中ラリってるやつの視点から見た映画なんだからわからないよ(笑)」と答えているほどだ。
 もっとも、金田一耕助が身なりは汚くでも頭はシャープであったように、ドックも相当なキレ者であることはまちがいないらしい。本作の鑑賞については、第3にそんなヒッピー探偵・ドックのキャラに注目!

<秘密組織“黄金の牙”とは?その支配する世界とは?>
 PRODUCTION NOTESにある「A NOTE ON THE TIMES(時代の考察)」には、「コメディタッチで展開するサスペンス『インヒアレント・ヴァイス』は、カリフォルニアの私立探偵ドックことラリー・スポーテッロが、秘密組織“黄金の牙”が支配する世界にサンダル姿で足を踏み入れてゆく物語」と書かれている。さらに、「ヘロインの密売を生業とするこの組織は、他にも精神病院や歯科医院の運営などに手を広げ、この地で荒稼ぎをしているらしい。そんな“黄金の牙”の調査を進めるドックは、やがて1960年代と70年代の隙間に突き落とされる。そこは、アメリカが掲げる理想主義と、無秩序に拡大してゆく消費社会との狭間にある時代だった」と書かれている。しかして、“黄金の牙”とは一体ナニ?また、その支配する世界とは?
 本作には、①失踪した不動産王マイケル(ミッキー)・ザカリ・ウルフマン(エリック・ロバーツ)、②謎の死を遂げ秘密裏に埋葬された若きサックス奏者コーイ・ハーリンゲン(オーウェン・ウィルソン)、③“闇の王子”と呼ばれる超大金持ちの弁護士で、駆け出しだったドックにはじめて仕事をくれた男クロッカー・フェンウェイ(マーティン・ドノヴァン)らが登場するが、彼らは“黄金の牙”とどのように関係しているの?ドックに対して「“黄金の牙”とは、こっそり何かを運んでいる大きな船のことだ」と教えてくれるのはコーイ。船といえば、海運関係専門なのにドックの顧問弁護士でもあるソンチョ・スライマックス(ベニチオ・デル・トロ)の出番。もともとバハマの共同体が所有していたプリザーヴド号という漁船について、ソンチョは一体どこまで情報を得ているの?また、“黄金の牙”の正体が「栽培・密輸・精製・売人ネットワークまで、すべてを牛耳って荒稼ぎしているインドシナのヘロイン・カルテルのことだ」と明かしてくれるのは、ドックを信用したジェイド(ホン・チャウ)。さらに、“黄金の牙エンタープライズ本部”に乗り込んだドックに対して、「“黄金の牙”は税金対策でつくった歯科医の組合だ」と説明するのは、ドクター・ルーディ・ブラットノイド歯科医師(マーティン・ショート)だ。
 そんなこんなの入り組んだストーリーの中で、次第に秘密組織“黄金の牙”の正体が明らかになっていくが、ラストに出現する大量の“ブツ”にビックリ!本作の鑑賞については、第4にそんな秘密結社“黄金の牙”に注目!

<ドック探偵への「3つの依頼」がストーリーの軸に>
 登場人物がやたら多いうえ、ホアキン・フェニックス自身が「四六時中ラリってるやつの視点から見た映画なんだからわからないよ(笑)」と語っている本作のストーリーをきちんと理解するのは難しい。途中で居眠りでもしようものなら、何が何だかサッパリわからなくなってしまうはずだ。しかし、本作ではドック探偵に対して3つの“依頼”が舞い込むから、それを軸として考えれば、少しはストーリーが理解しやすい。ドック探偵への第1の依頼は、元恋人のシャスタ・フェイ・ヘップワース(キャサリン・ウォーターストン)からのもの。本作はカリフォルニア州ゴルディータ・ビーチのボロコテージに住むドック探偵の目の前に突然シャスタが現れ、助けを求めるところからストーリーが始まっていく。シャスタは今、大富豪の不動産王ミッキーとつきあっているが、彼の妻スローン(セレナ・スコット・トーマス)が愛人と悪だくみを企てて、シャスタに協力を求めていた。そこで、ミッキーの身を案じたシャスタは、ドックの今の恋人である地方検事補のペニー・キンボル(リース・ウィザースプーン)に相談してほしいと頼むのだが、さてドックは・・・?
 ドック探偵への第2の依頼は、ホープ・ハーリンゲン(ジェナ・マローン)という女からの、夫コーイの捜索願。サックス奏者だったコーイが突然失踪した後、ホープは警察から死亡の報せを受けたが、遺体も確認していない上に、口座に大金が振り込まれたことから、夫の死を信じられずにいる、というわけだ。
 調査を進める中、ドックはその死んだはずのコーイをジェイドから紹介されるから、アレレ・・・。そして、第3の依頼は、ミッキーの用心棒をしている刑務所を拠点とするギャング団、アーリア人同胞団のメンバーであるグレン・チャーロック(クリストファー・アレン・ネルソン)を殺した犯人は、警護担当をグレンに押し付けてズラかったパック・ビーバートン(キース・ジャーディン)だと睨んでいるグレンの妹クランシー・チャーローック(ミシェル・シンクレア)からの調査の依頼だ。
 これだけ読んでも何のことかサッパリわからないはずだが、ややこしいストーリーの詳細はあなた自身の目でしっかりと!

<警部補のビックフットも相当なワル?>
 本作でドック探偵の天敵ともいえる存在(?)として登場するのが、ロサンゼルス市警の警部補クリスチャン・F・“ビッグフット”・ビョルンセン(ジョシュ・ブローリン)。ビッグフットは当初からドックをグレン殺しと失踪したミッキー誘拐の犯人と決めつけていたが、状況が複雑に変化していくにつれて、ビッグフットの役割もさまざまに変化していくことに。大麻が禁止されている日本では考えられないようなドック探偵のラリっぷりが本作全編を通じる特徴だが、時にドックと敵対し、時にドックと協調しながら、最後には何とドックと共に大量の“ブツ”をくすねていくビッグフットの行動を見ていると、こいつも相当のワル!
 そう思わざるをえないが、『シン・シティ 復讐の女神』(14年)で男臭い役を徹底的に演じきったうえ、『アメリカン・ギャングスター』(07年)(『シネマルーム18』14頁参照)、『L.A.ギャングストーリー』(13年)(『シネマルーム31』210頁参照)等でも男臭さを前面に押し出した役を演じていたジョシュ・ブローリンが、本作でみせる“男臭さ”を見ていると、そのひねくれぶりやワルぶりにはどこか可愛げがあるから、それに注目!
 さらに本作には、出番は少ないながらペニー・キンボル地方検事補役を演じるリース・ウィザースプーンやソンチョ弁護士を演じるベニチオ・デル・トロらの渋い演技と、ドックの元恋人シャスタを演じるキャサリン・ウォーターストンの大胆ヌードを含む体当たりの演技にも注目したい。
 何はともあれ、本作はストーリーそのものがややこしく、わかりにくいため相当疲れる作品であることはまちがいないが、その分刺激も多い。したがって、本作鑑賞後は読みごたえのあるパンフレットと睨めっこしながら、本作が持っているユニークな「味」をしっかり復習したい。
                                  2015(平成27)年4月30日記