洋15-46(ショートコメント)

「ハイネケン誘拐の代償」
    

                      2015(平成27)年4月24日鑑賞<GAGA試写室>

監督:ダニエル・アルフレッドソン
脚本:ウィリアム・ブルックフィールド
原作:ピーター・R・デ・ヴリーズ『The Kidnapping of Alfred Heineken』
フレディ・ハイネケン(ビール会社「ハイネケン」の会長)/アンソニー・ホプキンス
ヴィレム・ホーレーダー(誘拐グループのメンバー、コルの親友でコルの妻ソーニャの兄)/サム・ワーシントン
コル・ヴァン・ハウト(誘拐グループのリーダー)/ジム・スタージェス
ヤン・“カット”・ブラート(誘拐グループのメンバー、子煩悩な愛妻家)/ライアン・クワンテン
フランス・“スパイクス”・メイヤー(誘拐グループのメンバー、かなり神経質で、起伏の激しい性格の持ち主)/マーク・ファン・イーウェン
マーティン・“ブレイクス”・エルカンプス(誘拐グループのメンバー、最年少のメンバー、コルの弟)/トーマス・コックレル
ソーニャ(コルの妻)/ジェマイマ・ウェスト
2014年・ベルギー、イギリス、オランダ映画・95分
配給/アスミック・エース

◆1983年にオランダで起きた、世界的に有名なビール会社「ハイネケン」の経営者フレディ・ハイネケン(アンソニー・ホプキンス)の誘拐事件は、弁護士業務で最高に忙しい時期を過ごしていた私にとっては、単なる1つのニュースとして辛うじて知っているだけのもの。誘拐事件をテーマにした映画では、何といっても黒澤明監督の『天国と地獄』(63年)が最高峰だが、プレスシートにある高橋諭治氏(映画ライター)の「割に合わない犯罪にして、人間臭い犯罪を描く“誘拐”映画の多彩なバリエーションとその魅力」と題する「COMMENTARY」にまとめられているように、「その手の映画」は多い。
 しかして、本作はオランダのノンフィクション作家ピーター・R・デ・ヴリーズが「21世紀の最も悪名高い誘拐事件」の1つとして調査し、執筆した小説『The Kidnapping of Alfred Heineken』に基づいて映画化されたものだが、さてその出来は?

◆「ハイネケン誘拐事件」はプロの大規模な犯罪集団が計画したものではなく、導入部に見られるように、犯罪経験など全くない幼馴染の5人の若者たちのちょっとした、しかし、ある意味で必要に迫られた思いつきから生まれたのが大きな特徴。本作冒頭には、5人で共同経営している建設業の会社が不況の煽りで苦境に陥り、銀行からの融資が断られる姿が描かれる。しかし、銀行の融資が思うように得られないからといって賃貸不動産の入居者たちを暴力的に追い出そうとしたり、身代金強奪計画を企てたり、さらには過激派の犯行と見せかけて警察を欺くには資金が必要だからという理由で銀行襲撃を実行するなど、もっての外だ。
 5人組のリーダーはコル・ヴァン・ハウト(ジム・スタージェス)。コルが信頼する仲間は、妊娠中の愛妻ソーニャ(ジェマイマ・ウェスト)の兄で親友のヴィレム・ホーレーダー(サム・ワーシントン)、子煩悩な愛妻家のヤン・“カット”・ブラート(ライアン・クワンテン)、かなり神経質で、起伏の激しい性格の持ち主のフランス・“スパイクス”・メイヤー(マーク・ファン・イーウェン)だが、銀行襲撃作戦にはコルの弟マーティン・“ブレイクス”・エルカンプス(トーマス・コックレル)も加わっていた。コルたちは身代金目的の誘拐が成功する確率が低いことを熟知していたが、それでもなお踏み切ったのは、賭けなければ仕方がないため。しかし、そんな賭けの決断と実行は、如何なもの・・・?また、本作のストーリー展開上では、彼らの仲の良さが顕著だが、さてそれはいつまで続くの?

◆本作でフレディ・ハイネケンに扮するアンソニー・ホプキンスは1937年生まれだから既に80歳近いが、その渋い演技は今なお魅力的だ。彼をスクリーンで観た直近は『ノア 約束の舟』(14年)(『シネマルーム33』196頁参照)だが、『羊たちの沈黙』(90年)に続く第2作『ハンニバル』(01年)、第3作『レッド・ドラゴン』(02年)(『シネマルーム3』229頁参照)、第4作『ハンニバル ライジング』(06年)(『シネマルーム13』428頁参照)はもちろん、『白いカラス』(03年)での静かな熱演ぶりもお見事だった(『シネマルーム4』146頁参照)。
 そんな百戦錬磨のアンソニー・ホプキンス(が扮するフレディ・ハイネケン)だから、ちょっとした思いつきで身代金誘拐のターゲットとされ、現にその被害者の立場になってしまっても、内心はともかく、その立ち居振る舞いは堂々としたものだ。コルたちが要求する身代金の額は3500万ギルダー(現在の日本円に換算すると約23億円)。身代金の受け渡しは新聞告知を介して行うというのがコルたちの計画だったが、さてその段取りの進捗は?
 さらに、一緒に拉致されたお抱え運転手とは別の部屋に監禁されたハイネケンが人質らしからぬ落ち着き払った態度を保ち、部屋に流れる音楽や食事のメニューに注文をつける姿にコルたちはイライラ。このような展開を見ていると、身代金要求の誘拐事件では「心理戦」が大きな要素を占めることがよくわかる。そして、その点においても、本作に見るハイネケンとコルたちの「格の違い」は顕著だ。これでは、次第に不安が不安を呼び、互いに疑心暗鬼状態になっていく中、コルたちの結束に乱れが生じるのは必至。そう思っていると、案の定・・・。

◆本作にはコルの妻ソーニャが紅一点として登場するが、本作のようなストーリー展開では所詮ソーニャは待つだけの女。コルたちが3500万ギルダーもの身代金の受け取りに成功したとしても、その後テレビの画面で自分の夫が身代金誘拐事件の犯人として指名手配されているのを観るソーニャの気持は・・・?
 コルたちが身代金の受け取りに成功し、1度は歓喜の瞬間に酔いしれたのは事実。しかし、本作後半は、人質を解放した後に待っているはずのバラ色の人生が予想に反して地獄的な展開になっていく姿を描いていく。そこに見るコルの冷静さはさすがリーダーと納得できるものだが、電話でソーニャと連絡をとれば足がつくのがミエミエなのに、それを我慢することすらできないコルの姿を見ていると、そのレベルの低さにビックリ。
 そういう意味では、本作はショッキングな題材ながら、事件の展開は平凡すぎる。唯一本作で教訓的なのは、ハイネケンの「じきに君たちは、金を手に入れて大変な金持ちになる・・・・・・だが、裕福には二通りある。大金を手にするか、大勢の友人を持つかだ。両方はありえない」という言葉の奥深さ。なるほど、本作を見ていると、その言葉の意味がよくわかる。
                                  2015(平成27)年4月27日記