洋15-40

「カフェ・ド・フロール」
    

                   2015(平成27)年4月18日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本・共同製作・編集:ジャン=マルク・ヴァレ
ジャクリーヌ(パリでシングルマザーとして生きる美容師)/ヴァネッサ・パラディ
アントワーヌ・ゴダン(モントリオールで暮らすDJ)/ケヴィン・パラン
キャロル(アントワーヌの元妻)/エレーヌ・フローラン
ローズ(アントワーヌの現在の恋人)/エヴリーヌ・ブロシュ
ローラン(ジャクリーヌのダウン症の息子)/マラン・ゲリエ
ヴェラ(ダウン症の少女、ローランのガールフレンド)/アリス・デュボワ
アメリー/エヴリーヌ・ドゥ・ラ・シェネリエール
ジュリアン・ゴダン(アントワーヌとキャロルの長女)/ミシェル・デュモン
ルイーズ・ゴダン(アントワーヌとキャロルの次女)/リンダ・スミス
ジュリエット/ジョアニー・コルベイユ=ピシー
アンジェリーヌ/ロザリー・フォーティエ
2011年・カナダ、フランス映画・120分
配給/ファインフィルムズ

<タイトルの意味は?こりゃ日本人にはわからん!>
 本作は『ダラス・バイヤーズクラブ』(13年)(『シネマルーム32』21頁参照)で、第86回アカデミー賞主演男優賞など3部門を受賞したカナダの新鋭監督ジャン=マルク・ヴァレの作品。また、第32回ジニー・アワード(カナダのアカデミー賞)で、主演女優賞等々を受賞した作品だ。『ダラス・バイヤーズクラブ』はわかりやすい映画だったが、本作は日本人にはわかりにくい。
 まず、タイトルの『カフェ・ド・フロール』とは一体ナニ?これが映画全体を通してくり返し使われる、同一人物だが、マシュー・ハーバートとドクター・ロキットを時に名前を使い分けているイギリスのエレクトロニック・ミュージシャンの曲だとわかるのは、映画を観ている途中から。本作は音楽映画ではないが、そんな曲のタイトルがそのまま本作のタイトルになっているのは、同時並行的に描かれる2つの物語の共通点がこの曲にあるため。つまり、現代のモントリオールに住む40代のDJ、アントワーヌ・ゴダン(ケヴィン・パラン)も、1969年のパリに住み、障害を抱えた息子ローラン(マラン・ゲリエ)を女手一つで育てている美容師のジャクリーヌ(ヴァネッサ・パラディ)も、共にこの曲に理屈を超えて共鳴しているわけだ。
 一生に一曲だけ、心の支えになる曲は?と聞かれれば、誰にでも思い当たる曲があるはずだが、アントワーヌやジャクリーヌにとってその曲が『カフェ・ド・フロール』だと言われても、私を含めてほとんどの日本人はサッパリわからん!

<現在の恋人も別れた妻も、共にいい女!>
 俳優や歌手なら大成功して豪邸に住んでいるケースが週刊誌等で報告されているが、DJでも大成功すればプール付きの豪邸に住めることが本作のアントワーヌを見ているとよくわかる。もっとも、現在そのお屋敷の中で強烈に愛し合っている美女は、ブロンドのセクシーな女性ローズ(エヴリーヌ・ブロシュ)。『カフェ・ド・フロール』の曲による運命的な巡り合いの中で結びついたはずの前妻キャロル(エレーヌ・フローラン)と2年前に離婚したアントワーヌは、今はジュリアン・ゴダン(ミシェル・デュモン)、ルイーズ・ゴダン(リンダ・スミス)という2人の娘とは月に数回の面接交流で接していたが、当然のように年頃のジュリアンはローズに対して露骨な反発を示していた。
 他方、愛した唯一の男がアントワーヌであったキャロルも、アントワーヌを喪失した悲しみから立ち直ることができず、今や薬に頼らなければ眠れない状態が続いていた。そんなキャロルの目の前には小さな男の子が毎夜のように登場していたが、これは幻想?そして、この小さなモンスターは一体ダレ?
 ローズ役のエヴリーヌ・ブロシュは『トム・アット・ザ・ファーム』(13年)で観た美女だから、いい女ぶりは当然だが、キャロル役のエレーヌ・フローランも実にいい女。いい女を求め続けるのは男の性(サガ)だから仕方ないとはいえ、こんな状態を見ていると、DJで大成功しているアントワーヌは何とも罪な男だ。

<生き甲斐は、息子を少しでも長生きさせること!>
 ダウン症という病気があることを、私は大学生の頃の1967年に知ったが、1969年当時のパリでは、ダウン症の子の寿命は精々25年と言われていたらしい。しかして、ダウン症の息子ローランを女手一つで育てている美容師のジャクリーヌは、息子を少しでも長生きさせることに、生きる意味を見いだしていた。本作ではそのため、ローランにバレエや水泳などいくつもの習い事をさせ、挙句の果てにはボクシングジムにまで通わせるジャクリーヌの姿が描かれていくが、さてその生き方の是非は?
 そんなジャクリーヌだから、学校も障害者用の施設ではなく普通の学校に通わせていたが、ローランが成長するにつれてさまざまな問題が。そして、ローランのクラスに同じダウン症の少女ヴェラ(アリス・デュボワ)が転入してくると、互いに惹かれあった2人は片時も離れたがらなくなったため、問題になることに。学校側はローランを専門の施設に入れることを提案したが、我が子を普通の子として育てたいジャクリーヌがこれを撥ねつけたのは当然。しかし、なぜジャクリーヌはそんなに突っ張った生き方を貫いているの?誰でもその迫力には圧倒されっ放しになるはずだ。ちなみに、ジャクリーヌが『カフェ・ド・フロール』の曲をメチャ気に入っているのと同じように、ローランも『カフェ・ド・フロール』を気に入っており、この曲を聴くといつもヴェラのことを思い出すらしいが、なぜ『カフェ・ド・フロール』にはそれほどまでの力があるの・・・?それが本作のテーマだ。

<音楽解説があっても、日本人にはちょっとムリ!>
 本作はストーリー全編を通じてタイトルになっている『カフェ・ド・フロール』の曲が流され、それがストーリー形成に大きな意味を持つが、前述のとおり、日本人の私たちにはそれはほぼ理解不可能だ。また、本作のパンフレットには大場正明氏(評論家)の「時空を超えた家族の対立と和解の物語」があり、そこではジャン=マルク・ヴァレ監督のヒット作『C.R.A.Z.Y.』(05年)と対比しながら、ジャン=マルク・ヴァレ監督がピンク・フロイドやローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイ等の音楽からさまざまなインスピレーションを得て神秘的なヴィジョンを切り拓いてきたことが解説されている。しかし、これも私たち日本人にはかなり難しい。
 さらに、パンフレットには中村明美氏の「music~音楽解説~」があり、劇中の使用楽曲がそれぞれいかなる意味を持つのかについて解説してくれているが、そもそもこれらの音楽そのものに馴染みがないだけに、その良さに浸ることも難しい。逆に4月20日に観た堤幸彦監督の『イニシエーション・ラブ』(15年)は、最後の5分間の大どんでん返しを売りにした恋愛モノだが、そこでは耳に馴染みの、1970~80年代の懐かしいヒット曲が次々と登場してくるので、物語と音楽の一体化が容易だった。それに比べると、本作に登場する楽曲はいずれも世界的に有名なのかもしれないが、それを知らない日本人には物語と音楽の一体化は難しい。その意味で、本作はカナダでは大好評でも、到底日本人向けとはいえないのでは・・・?
                                  2015(平成27)年4月22日記