洋15-2

「ANNIE/アニー」
    

                  2015(平成27)年1月9日鑑賞<松竹試写室>

監督・製作・脚本:ウィル・グラック
プロデューサー:ウィル・スミス
原作:トーマス・ミーハン『アニー』(評論社刊)
ウィル・スタックス(アニーの里親、携帯電話会社スタックス・モバイルのCEO、NY市長候補)/ジェイミー・フォックス
アニー(孤児の10歳の少女)/クワベンジャネ・ウォレス
ハ二ガン(孤児院の院長、元歌手)/キャメロン・ディアス
グレース(スタックスの側近の女性)/ローズ・バーン
ガイ(スタックスの選挙参謀を務める男)/ボビー・カナヴェイル
テッシー/ゾー・マーガレット・コレッティ
ミア/ニコレット・ピエリーニ
イザベラ/イーデン・ダンカン・スミス
ペッパー/アマンダ・トロイヤ
2014年・アメリカ映画・118分
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

<『アナ雪』は一発モノだが、こちらは長期型!>
 ディズニーのアニメミュージカル『アナと雪の女王』(14年)は、主題曲『レット・イット・ゴー』の大ヒットもあって、日本では観客動員数は2000万人を突破し、興行収入は日本の歴代興行収入第3位の254億円を上げた(ちなみに、第1位は『千と千尋の神隠し』(01年)(304億円)、第2位は『タイタニック』(97年)(262億円))(『シネマルーム33』未掲載)。おかげで、日本語の歌詞を歌ったMay J.も、『関ジャニの仕分け∞』の女王から紅白歌合戦に出場するほどの国民的歌手になったが、所詮この映画もこの歌も、一発モノ。それに対して、今日観たブロードウェイ・ミュージカル『ANNIE/アニー』は、長期にわたって大ヒットしている舞台ミュージカルの映画化で、しかも、1832年に次いで2度目の映画化だ。
 オリジナルの物語は1933年の設定だったが、今回は基本ストーリーはそのままで、舞台を現代のニューヨークに変更した。したがって、アニー(クワベンジャネ・ウォレス)の里親になる大富豪の男ウィル・スタックス(ジェイミー・フォックス)は、モバイル会社で財を成したIT長者だし、スタックスが住むペントハウスは、旧ワールドトレードセンターの跡地に建てられた超高層ビル内のスマートハウスという設定になっている。さらに、スタックスがIT長者であることを受けて、クライマックスに向けてアニーを追跡するストーリーでは、ツイッターが大活躍・・・。

<ミュージカルを坂和流に大別すれば・・・>
 私は中学時代から、ミュージカルが大好きだったが、それを坂和流に大別すれば、
A:『白雪姫』(37年)、『アラジン』(92年)等のディズニーのミュージカル
B:『オクラホマ!』(55年)、『マイ・フェア・レディ』(56年)、『南太平洋』(58年)等、単純なストーリーだが、とにかく楽しく元気をもらえるもの
C:『サウンド・オブ・ミュージック』(59年)『ウエスト・サイド物語』(61年)、等、社会性、歴史性、問題性のあるストーリーを、歌と踊りを交えてわかりやすく感動的にアピールするもの
に分けられる。
 2012年の『レ・ミゼラブル』(『シネマルーム30』48頁参照)はCグループだったし、2014年の『アナ雪』はAグループ、そして、本作はBグループに属するものだ。
 主人公のアニーが10歳の孤児という設定はいかにも暗いし、補助金目当てでそんな子供たちを育てている元歌手の孤児院の院長という設定もいかにも陰湿。さらに、そんなアニーを市長候補のスタックスが里子に取ったのは、当初は選挙戦術として好感度を上げるためという策だったが、クライマックスに向けては感動の人間ドラマになっていく。
 本作のメイン曲はアニーが歌う『Tomorrow』。これは、いわば『明日があるさ』と同じような、「今日がダメでも明日があるさ」というメッセージソングだが、両親との再会を辛抱強く待ち続け、どんな苦しい境遇下でも明るく生きているアニーがその曲を歌うと説得力がある。その結果、そんなわかりきった単純なストーリーであっても、クライマックスでは思わず涙が・・・。

<登場人物たちのキャラは?>
 本作でアニーに扮するクワベンジャネ・ウォレスは、『ハッシュ・パピー バスタブ島の少女』(12年)で、アカデミー主演女優賞に最年少でノミネートされた女優。彼女は『それでも夜は明ける』(13年)でも黒人奴隷の娘役として存在感を示していた(『シネマルーム32』10頁参照)が、本作では天才子役としての能力と魅力を存分に発揮している。
 他方、IT長者でニューヨーク市長選に立候補するほどの大物ながら、人間的に「未成熟」な男が、ジェイミー・フォックス演ずるスタックス。潔癖症で孤独好き、そして仕事人間の彼が本来ニューヨーク市長などふさわしくないはず。にもかかわらず、彼が立候補したのは、選挙参謀ガイ(ボビー・カナヴェイル)の策動に乗せられたのではないかと思わざるをえないが、モバイルのVPで側近の女性グレース(ローズ・バーン)がそんなスタックスを、やさしく黙って見守ってくれているのが救いだ。今時の選挙は政策よりも見栄え。そしてその見栄えの良し悪しは、テレビカメラの映り方によって左右されるから、孤児のアニーをランチに招待したり、さらにアニーを里子として引き取るという戦略は、大胆かつ効果的なもの。しかし、選挙民との握手という立候補者としての義務は果たしながら、潔癖症のためいつも手を洗うことを欠かせないスタックスにとって、当初そんな演出が苦痛でしかなかったのは当然だ。
 しかし、広大なペントハウスの中でアニーと二人で暮らしていると、それが対等なギブ・アンド・テイクの関係であったこともあり、次第にスタックスの心に大きな変化が・・・。

<良い雰囲気の中、アニーはなぜ飛び出していったの?>
 本作後半のストーリーの軸は、アニーの「両親」が登場してきたため、アニーを養女にしようとしていたスタックスの想いが挫折してしまうこと。「佐村河内事件」では、物的証拠の追及が不十分だったため、そのインチキ性を見抜けなかったが、アニーの両親はDNA鑑定まで完備させていたから、法的には文句なし。しかし、ガイの言葉によると、アメリカではDNA鑑定に添付する判事の証明すらカネ次第らしい。したがって、アニーといったんは共謀したミス・ハニガンの反省と告白によって、そのインチキ性が暴露された後の、アニーの追跡劇が本作ラストに向けたクライマックスとなる。
 スタックスがアニーを里子として迎えようとし、アニーがそれに同意したのは、互いの思惑が一致したため。つまり、スタックスの思惑はアニーを里子として利用することによって選挙の支持率を上げること。アニーの思惑は、スタックスと共にマスコミに注目されることによって、早く両親と出会えるようになることだ。
 本作前半はそんなストーリー展開の中で、対等なギブ&テイクのいい関係を築く2人の姿が描かれ、そして、前半のハイライトは、スタックスのパーティに出席したアニーが、赤いドレスを着て「オポチュニティー」を歌うシーンとなる。この盛り上がりは最高だったが、その後、テレプロンプターに表示された挨拶文を読む段階になって、突如、アニーは不機嫌になり、パーティの場を飛び出していったからアレレ・・・。
 こんな良い雰囲気の中、アニーはパーティの場からなぜ飛び出して行ったの?それは、あなた自身の目で確認してもらいたいが、そこには「識字率」というアメリカの底辺社会特有の大問題が・・・。

<大団円では、親子、結婚、そして人間の絆が!>
 スタックスから申し出のあった里子の提案に乗っかり、その結果、自分の思惑通り両親と再会することができたのだから、アニーは大喜び。超高層最上階の豪華なペントハウスから両親とともにブラジルに行けば貧乏生活が待っているかもしれないが、それでも両親と一緒にいるだけで幸せ。アニーがそう考えていたのは間違いない。ところが、両親と共に乗った車の中で語られた真実とは・・・?そして、まさかその演出にスタックスも同意していたとは・・・?ここに至ってアニーの人間不信が最高潮に達したのは間違いない。しかし、他方でツイッターの情報を頼りにウィルや警察が自分追いかけてくるのは一体なぜ?ついに両親の乗った車が追い詰められ、そこにヘリコプターから降り立ったスタックスが向かってきたが、それは一体なぜ?スタックスが今さら「自分も騙されたんだ」と弁明したって、それをどこまで信用できるの?
 そんな混乱の中で生まれる大団円は、スタックスがマスコミに向けて発表した、ニューヨーク市長選からの撤退宣言と共に生まれることになる。その結果、①スタックスとアニーとの(養子の)親子の絆の確認、②スタックスとミス・グレースとの愛の証の確認、③ニューヨーク市長の当選よりも目の前の人間の絆のほうがよほど大切なことの確認、となる。
 こんな単純なストーリーでなぜ涙が出てくるの?一方でそんな気もするが、それも単純に、年をとれば涙もろくなるというだけの話・・・。
                                 2015(平成27)年1月13日記