洋15-158

「ハッピーエンドの選び方」
    

                      2015(平成27)年12月30日鑑賞<テアトル梅田>

監督:シャロン・マイモン、タル・グラニット
ヨヘスケル(老人ホームに暮らす発明家)/ゼーブ・リバシュ
レバーナ(ヨヘスケルの妻)/レバーナ・フィンケルシュタイン
ヤナ(マックスの妻)/アリサ・ローゼン
ドクター・ダニエル(老人ホームに暮らす元獣医、同性愛者)/イラン・ダール
ラフィ・セガール(退職した警官、ドクター・ダニエルの愛人)/ラファエル・タボール
マックス(ヨヘスケルの親友)/サムエル・ウルフ
2014年・イスラエル、ドイツ合作映画・93分
配給/アスミック・エース

<テーマは安楽死!それをユーモアたっぷりに!>
 安楽死をテーマにした映画は『海を飛ぶ夢』(04年)(『シネマルーム7』197頁参照)、『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)(『シネマルーム8』212頁)等たくさんあるが、テーマがテーマだけに総じて「重い」映画になる傾向がある。しかし、イスラエルの老人ホームを舞台にした2人のイスラエル人が共同監督し、第71回ベネチア国際映画祭で観客賞を受賞した本作は、安楽死をテーマとしながらユーモアたっぷりで笑いを誘う出来になっている。安楽死が認められるための法的要件は?そんな議論の組み立て方をすると、話はどんどん難しくなってくる。また、安楽死の肯定論と否定論を対比させながら議論すれば、それはきっとエンドレスだ。
 しかし、老人ホームの中で望まない延命治療に苦しんでいる友人を見続けている発明家のヨヘスケル(ゼーブ・リバシュ)にしてみれば、スイッチを押すだけで自ら楽に死を迎えることができる装置をつくることなど極めて簡単。ヨヘスケルの今回の発明の動機はそんな善意100%のものだったが、いざ友人にそれを使わせるとなると、やはりそれは大変なこと。少なくとも法的には殺人(幇助)罪になる可能性が高い。しかして、ヨヘスケルが発明した安楽死装置のスイッチを最初に押すのは一体ダレ?

<この発明は画期的だが、いざ使うとなると・・・>
 少子高齢化の大問題が進んでいるのは日本だけではなく、イスラエルも同じらしい。そもそも、老人ホームにおける老人の死亡は非日常ではなく日常的なこと。また、重い病気を抱えた高齢者が寝たきり状態でパイプでつながれたまま延命治療を受けているのも、非日常ではなく日常的なこと。近時は単なる「寿命」ではなく、「健康寿命」の大切さが強調されているが、それは掛け声(理想)だけで、現実は延命治療のオンパレードだ。
 ヨヘスケルが発明した「自分の最期を自分で選ぶ装置」を最初に使ったのは、親友のマックス(サムエル・ウルフ)だったが、その「実行」は、マックスの妻ヤナ(アリサ・ローゼン)とヨヘスケルの妻レバーナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)だけが見守る秘密の儀式だった。ところが、なぜかヨヘスケルの発明した「装置」の評判が瞬く間にイスラエル中に広がったため、ヨヘスケルのもとにはその「注文」が殺到してくることに・・・。この中盤の展開はかなりユーモラスに描かれているが、そんなニーズが充満しているというのは深刻な社会現象のはずだ。

<認知症が進む妻へのこの発明の使用は?>
 「安楽死」をテーマにした映画も多いが、「認知症」をテーマにした映画は、洋画では『アリスのままで』(14年)(『シネマルーム36』202頁参照)、韓国では『私の頭の中の消しゴム』(04年)(『シネマルーム9』137頁参照)、邦画では『明日の記憶』(06年)(『シネマルーム10』172頁参照)等々の名作がある。しかして、本作後半からはヨヘスケルの妻のレバーナの認知症が進行していく中、ヨヘスケルにとっては他人の安楽死のために役に立つ発明だった「自分の最期を自分で選ぶ装置」を自分の妻に使わせるかどうかという選択に悩まされることになっていく。
 本作は全編を通じてヨヘスケルの「優しさ」が光っているが、認知症が進むレバーナとの葛藤の中では、時としてヨヘスケルのイライラが爆発することも。そのため、一度は貴重な発明をヨヘスケルが自らの手で壊してしまうシーンも登場するが、さてヨヘスケルは最愛の妻レバーナに対して、自ら発明した装置を使用するのだろうか?そんなシリアスなラストに向けての展開はあなた自身の目でしっかりと。

<さて、あなたの選択は?>
 本作は「テアトル梅田」で、かなり長期間上映が続けられている。それは本作がそれなりの人気を呼び、それなりの観客を集めているためだが、私は長い間本作を鑑賞する気になれなかった。それは、本作が第71回ベネチア国際映画祭で観客賞を受賞した「秀作」であることはわかっていても、出演者は老人ばかりでテーマもハッキリしているから、ある意味観なくてもその内容が予想できたためだ。
 しかし、年末年始に比較的ヒマな時間がとれたため、「やっぱり観ておこう」と思って劇場に赴いたが、その結果はやはり予想どおりだった。つまり、「安楽死」という重いテーマを誰にでもわかりやすくかつユーモアを含めて問いかける映画としてはたしかによくできている。要するに、今ドキの多くの日本の老人諸氏にはちょうど見どころの映画に仕上がっているということだ。しかし、映画としてはこれでよくても、本当にこんな発明品が市場に登場し、しかも大量生産によって安価に売り出されることになれば、さて、あなたの選択は・・・?
                                  2016(平成28)年1月8日記