洋15-150

「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」
    

                    2015(平成27)年12月17日鑑賞<ギャガ試写室>

監督:リチャード・ロンクレイン
原作:ジル・シメント『眺めのいい部屋売ります』(小学館文庫)
アレックス・カーヴァー(画家)/モーガン・フリーマン
ルース・カーヴァー(アレックスの妻)/ダイアン・キートン
リリー・ポートマン(不動産エージェントの女性、ルースの姪)/シンシア・ニクソン
若き日のルース/クレア・ヴァン・ダー・ブーム
若き日のアレックス/コーリー・ジャクソン
2014年・アメリカ映画・92分
配給/スターサンズ

<不動産の売却、購入を考えている人は必見!>
 戸建てであれマンションであれ、夫婦や家族が住むための不動産を購入したり売却したりするのは一生の大仕事。私は自宅の他、事務所ビルや収益マンション等の不動産を何度も買ったり売ったりしているうえ、弁護士の仕事として都市問題・住宅問題をライフワークとしているので、そのことはよくわかる。しかして、モーガン・フリーマンとダイアン・キートンという大ベテランがはじめて夫婦役で共演した本作は、ジル・シメントの原作『眺めのいい部屋売ります』を映画化したもの。その内容は邦題どおりの「ワンイシュー」の単純な夫婦ドラマになっているが、同時に心暖まるものになっている。
 原作では本作にも登場する10歳の老犬ドロシーが「第三の語り手」になっているそうだが、映画ではそうはいかないので、アレックス・カーヴァー(モーガン・フリーマン)とルース・カーヴァー(ダイアン・キートン)の老夫婦が住む「ニューヨーク 眺めのいい部屋」の売却については、姪でやり手不動産エージェントのリリー・ポートマン(シンシア・ニクソン)が大きな役割を果たすことになる。「ニューヨーク 眺めのいい部屋」がどの位置にあるのか、その不動産価格はいくらなのか等々のニューヨークの不動産をめぐる状況については、プレスシートやパンフレットを参考にしてもらいたいが、日本でのマイホーム購入を考えている人はもちろん、収益目的で不動産の購入・売却を考えている人は、ニューヨークの例ながら本作は大いに参考になるのでは?

<ブルックリンを舞台とした映画の代表に!>
 ニューヨークのブルックリンを舞台とした映画は『はじまりのうた』(13年)(『シネマルーム35』未掲載)等たくさんあるが、本作はその代表作になりうるもの。プレスシートの「LOCATION MAP」は大いに参考になる。『パワー・ゲーム』(12年)(『シネマルーム33』未掲載)でも『ニューヨークの巴里夫(パリジャン)』(13年)(『シネマルーム35』137頁参照)でも、ブルックリン橋を挟んで「こちら側」と「あちら側」では、同じ白人でも全然人種が違うことが強調されていたが、本作の地図を見れば、不動産事情からもそれがよくわかる。
 若き日のアレックス(コーリー・ジャクソン)と若き日のルース(クレア・ヴァン・ダー・ブーム)が購入したエレベーターのない5階建のアパートは、90年代後半までは、夜の一人歩きに気をつけたほうがいいような暗い場所だったらしい。しかし、そこは古い倉庫や工場を改造したロフトにアーティストたちが暮らし、文化を形成し、ダウンタウンからウィリアムズバーグ橋を渡ってすぐ、という地の利の良さから、ここ10年ほどの間に、再開発が盛んになったエリアらしい。しかして、プレスシートにある佐久間裕美子氏(ニューヨーク在住/ライター)のコラム「不動産にまつわる人間ドラマ」には、「一世帯あたりの平均年収が5万ドル(約600万円)なのに、アパートの平均価格が100万ドル(約1億2000万円)―それがニューヨークの現実だ。」と書かれているから、ある意味アレックスとルースはラッキー?

<橋が渋滞すれば島はパニックに・・・?>
 私は韓国旅行をした時に、韓国の交通渋滞のすごさを実感したが、とりわけそれがひどいのが漢江にかけられた数本(20数本?)の橋をわたる時。ここが渋滞すればどうしようもなくなるが、それはアレックスとルースが住むブルックリン区とマンハッタンを結ぶ数本の橋が渋滞した時と同じだ。
 本作冒頭には、エレベーターのない5階から毎朝の日課としている愛犬ドロシーを連れての散歩が限界に近づきつつあるアレックスとドロシーの姿が描かれる。その結果、ついに2人は「ニューヨーク 眺めのいい部屋」の売却を決めたわけだが、いよいよ明日が購入希望者の内覧会という日に、テレビではウィリアムヴァーグ橋の大渋滞のニュースで持ちきり。これはタンクローリーの事故らしいが、いつの間にかこれがテロ事件ではないかと報道され始めるとニューヨーク中が大騒ぎに。これでは、内覧会どころではないことになりそうだが、さて・・・。

<内覧会、オファー、入札、契約にみる人間ドラマ!>
 チラシやネットによる不動産売却の広告を見て内覧会に出かけ、気に入ればオファーをし、競争者がいれば入札となり、それに勝てば契約に。不動産売買をめぐるそんな手続の流れは日米共通だが、リリー・ポートマン(シンシア・ニクソン)をエージェントとする、ブルックリンにある「ニューヨーク 眺めのいい部屋」の売却をめぐっては、そのスピード感がすごい。また、面白いのは全く買う気はないのにやってくる客や、子供連れでベッドの寝心地を確かめるために物件めぐりをする親子連れなどもいることだ。もちろん、日本でも「参考のために・・・」「後学のために・・・」「気分転換のために・・・」等々の内覧者はいるが、私の経験ではそれは少数で、真剣な内覧者が多い。
 他方、日米で大きく違うのは、裁判が日本は書面主義、米国は口頭主義であるのと同じように、リリーが客からのオファーを書面で提出させず、すべて電話で受け付けていること。これでは、当然後になって「言った、言わない」「聞いた、聞いていない」の争いになる危険性があるが、スピード感ではこの方が断然すぐれている。また、ブローカーによる値段「交渉」のやり方は、書面によるオファーでも口頭によるオファーでも所詮同じだから、本作中盤のやり手エージェントがくり広げるオファー、入札、契約にみる人間ドラマは面白い。
 本作では、折りに触れて腹の底から自宅を売りたいと願っているルースと、本心では売りたくないと思っているアレックスとの心理の葛藤がさまざまな会話劇の中で登場するので、それにも注目!大ベテランの年齢になってはじめて夫婦役を演じたモーガン・フリーマンとダイアン・キートンの老獪かつ軽妙な会話を楽しみながら、内覧、オファー、入札、契約にみる人間ドラマを楽しみたい。

<売却と購入は一体でやらなければ・・・>
 かつて日本が不動産バブルで湧いていた頃、「俺の自宅の値段は去年の倍になった」と喜んでも、それは机上の空論。職場がアメリカに変わったので一家そろって日本の家を売って移住するのならその恩恵をモロに受けることができる(それでも、多額の不動産売却益については、多額の不動産譲渡所得税がかかる)が、そうでなければ、売ったらまた買わなければならないところ、購入する物件も当然去年の倍に値上がりしているから、結局同じことだ。
 アレックスとルースの場合も、売る方の話が90万ドル前後の価格でメドがついてくると、買う方の話のため、こちらはリリーを通さず自力で捜しに出かけたが、気に入った物件の価格は、売り物件と同じくらいの約100万ドル弱。こういう場合は、一般的に女の方が決断が早く、男の方がグズグズするものと相場が決まっているが、本作のストーリー展開もそれに沿っている。しかし、購入の方も話が決まりかけたところでそれをリリーが知ると、リリーは怒りだしたうえ、買い物件のエージェントの名前を聞くと、怒りは更にヒートアップ。もっとも、具体的にオファーの値段を聞いていくとリリーも納得し、買う話にも自分が一役買うと申し出たが、さてその効用は・・・?
 不動産の売却と購入は一体でやらなければならないから、そのための専門家の活用は不可欠だが、そうかといって任せてしまうと、下手なエージェント同士の身内の手打ちが行われる恐れもあるのだが・・・?

<映画ならドタキャンもOKだが・・・>
 去る12月13日に観た『パリ3区の遺産相続人』(14年)はフランス特有の「ヴィアジェ」という制度を大前提として、パリのマレ地区にある高級アパルトメントの売却をめぐる人間ドラマだったが、その結末は何とドタキャン!つまり、ヴィアジェ付きで売却を決め、手付金代わりの現金まで受け取っていた主人公が、ヴィアジェの恩恵でアパート暮らしを続けている老婦人とその娘との人間関係に目覚める中、売却をドタキャンするというものだった。
 弁護士の私はそこで明確な契約書がつくられていないことを不思議に思ったし、決済直前でのドタキャンともなれば、手付金の倍返しはもちろん多額の損害賠償請求まで覚悟しなければならないことをどう考えているのか不思議に思ったものだ。もっとも、映画は売買契約のシステムを法的に解説するものではなく、あくまで人間ドラマを面白く描くためのネタにすぎないから、それでもいいのだが、さて、「眺めのいい部屋」の売却と、それに代わる「お気に入り物件」の購入を決めた老夫婦の決断の結末は?

<なぜ「眺めのいい部屋」を売るの?その原点は?>
 不動産のエージェントはフットワークの軽さも大切だが、それ以上に口の達者さが大切。しかし、リリーを見ていると、アレックスでなくてもその多弁ぶり(おしゃべり)にはいささかうんざりさせられる。「ホントに、良くしゃべる女だな」というアレックスの言葉に私も全く同感だ。売る話はそんなリリーに委ねたものの、買う話はそれがうっとうしいため夫婦2人が自分でやり始めたわけだが、結局買う話にもリリーが介入してきたうえ、買い物件のエージェントも同じように口が達者だから、そりゃ大変。双方の物件の入札条件の「引き上げ合戦」は、まるでバナナのたたき売りのような様相になってくる。そんな中、ふとアレックスが原点にたち帰ると・・・?
 もちろん、その原点とは、俺たちはなぜこの「ニューヨーク 眺めのいい部屋」を売るのか、ということ。その最大の理由は、エレベーターがないこと。足腰が弱くなってきたアレックスとルース夫妻はいずれそれに耐えられなくなるし、現に老犬のドロシーはすでにダウンしてしまった。しかし、不動産売却をめぐる大騒動の中でも、また多額の治療費もいとわず足の手術を受けたことによって今やドロシーの足も回復。そうすると、なぜ、こんな「眺めのいい部屋」を売らなければならないの?冷静になってそう考えると、答えはおのずと明らかだ。
 その結果、『パリ3区の遺産相続人』と同じように、ストーリー展開の結末は、何とドタキャン!なるほど なるほど・・・。もっとも、そんなドタキャンは映画だからOKだが、現実にそんなことをやればその後の法的処理が大変だ。もっとも、ヴィアジェをネタとした『パリ3区の遺産相続人』と同じように、本作も「ニューヨーク 眺めのいい部屋」の売却はあくまで人間ドラマを描くためのネタにすぎないところ、本作の人間ドラマは極めて心暖まるものになっており、映画としては大成功!
                                  2015(平成27)年12月21日記