洋15-146

「パリ3区の遺産相続人」
    

                 2015(平成27)年12月13日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:イスラエル・ホロヴィッツ
原作戯曲:イスラエル・ホロヴィッツ『My Old Lady』
マティアス・ゴールド(パリの不動産を相続した57歳のアメリカ人)/ケヴィン・クライン
マティルド・ジラール(自称90歳の婦人)/マギー・スミス
クロエ・ジラール(マティルドの娘)/クリスティン・スコット・トーマス
オギュースト・ルフェーヴル(街の不動産屋)/ドミニク・ピノン
フローレンス・ホロウィッツ医師(マティルドの主治医)/ノエミ・ルボフスキー
フランソワ・ロワ(開発業者)/ステファン・フレイス
2014年・イギリス、フランス、アメリカ合作映画・107分
配給/熱帯美術館

<ヴィアジェとは?リバースモーゲッジとは?>
 弁護士生活40年のうち、30年間もライフワークとして都市問題に取り組んできた私は、日本の都市法との比較でフランス、(西)ドイツ、イギリスの都市法も勉強した。しかし、寡聞にして本作がストーリー展開の前提とする、フランスの建物をめぐる「ヴィアジェ」という法制度は1度も聞いたことがなかった。これは、パンフの解説によればフランス語で「終身年金」などの意で、フランスで200年以上前から行われている住居売買制度らしい。そして、「売り手は死ぬまで自分の家に住んで買い手から毎月定額を受け取れる。買い手には頭金の安さが魅力だが、その後の支払い額は売り手の寿命次第なのでギャンブル性の高い投資となる」とのことだが、さてその実態は?
 戦後復興を終えた後の高度経済成長政策の中で「持ち家政策」をとってきた日本では「住宅ローン」が定着した。しかし、土地バブルとその崩壊、少子高齢化社会へと突入していく中で、近時生まれたのが「リバースモーゲッジ」。これは、借金を返済し終えれば、抵当権が抹消され、住宅の所有権を完全に取得できる「住宅ローン」のさかさまで、自宅を担保に借金をしてそれを生活費等に使用し、契約満期時または契約者死亡時のどちらか早い時期に一括返済するもの。現金で返済できない場合は、(予定していたとおり)自宅を抵当権にもとづいて処分すればよく、契約期間中もしくは生存中は自宅に住み続けることができる。通常のモーゲッジ(=抵当・担保)ローンでは年月と共に借入残高が減っていくが、この制度では増えていくので、リバース(逆)モーゲッジと呼ばれている。
 これは、自宅を相続財産として子供たちに残すことより、生きている間に楽しむことの方が大切だという近時の価値観の下に生まれた法制度だがさて、その実態は?

<この老女は何歳?いつまで生きられそう?>
 映画冒頭、57歳のアメリカ人マティアス・ゴールド(ケヴィン・クライン)がマレ地区の一等地にある高級アパルトマンを探して歩くシーンが登場する。そして、たどり着いたアパルトマンは庭付きで多くの部屋がある立派なものだから、マティアスは満足そうだ。ところが、ある部屋の中でうたた寝をしている老女マティルド・ジラール(マギー・スミス)に出会い、ヴィアジェ制度の下で自分は20歳代からここに住み、毎月2400ユーロの家賃(年金)をもらっていると聞かされるとマティアスは唖然。そもそも、ヴィアジェって一体ナニ?マティルドの言うとおりだとすると、自分は父親からプラスの遺産を引き継いだのではなく、ひょっとして負債を相続したことになるの?
 さらに、マティアスが一文無しでアメリカからパリにやってきたことを聞いて同情した(?)マティルドの好意により、マティアスはしばらくこの家に滞在できることになったが、偶然トイレで鉢合わせをしたマティルドの娘クロエ・ジラール(クリスティン・スコット・トーマス)からは、「母が死ぬまであなたに居住権はない」「不法侵入で訴える」との厳しいお言葉が。
 もっともその後、ヴィアジェの下でもマティルドが死んでしまえば物件は完全に自分のものになるとマティアスが冷静に考えたのは正しい判断。そこで、マティルドの健康状態を確認すべく主治医のフローレンス・ホロウィッツ(ノエミ・ルボフスキー)を訪ねたが、そこではマティルドの健康状態は良好で「女性の長寿記録を更新するかも」と言われたから、マティアスは絶望的。父親が43年前に購入したこの物件にこれまでずっと居住してきたマティルドがさらに長生きし今後何十年も住み続けるとしたら・・・?ひょっとして今57歳と11ヶ月の自分の方が先に死んでしまうかも・・・。そんな絶望的な状況下、さてマティアスはどんな選択を?

<会話劇を中心とした3人の人生模様に注目!>
 本作のストーリー形成のポイントはフランス特有の法制度ヴィアジェだが、ストーリー展開の主軸はあくまでマティアスとマティルドそしてそこにクロエを絡めた会話劇を中心とした3人の人生模様。そもそも、アメリカ人であるマティアスの父親が、なぜフランス人のマティルドからヴィアジェでこの物件を購入したの?また、マティアスはなぜ長い間その父親からの愛を感じられないまま大人になったの?他方、クロエは10歳の時から母親マティルドの不倫に気づいていたそうだが、その不倫のお相手とは?そして、母親の不倫を知っていながら、なぜクロエは自分も結婚せず、某男性との不倫関係を続けているの?そんなこんなの疑問が3人の会話劇の中で次々と浮かび上がってくることに・・・。
 そして、家の中を探検し回っていた(?)マティアスがある日、若き日の父親とマティルドが一緒に写った写真と、そこに添えられた「あなたに愛されないなら、誰の愛も要らない」との言葉を見つけると、なるほど なるほど・・・。そこから少しずつ明らかになっていく物語は、まさに「恋の都パリ」ならではのもので、要するにそれぞれ妻と夫がいるマティアスの父親とマティルドはW不倫の関係にあったわけだ。もっとも、女も90歳(ホントは92歳)ともなれば厚かましいもので、今さらマティアスの父親との若い頃の不倫をとやかく言われてもどうしようもないらしい。しかし、病死と聞いていたマティアスの母親の死亡の真実を聞かされると、さすがにマティルドの気持ちにも大きな動揺が・・・。
 他方、当初はケンカばかりしていたマティアスとクロエはある時点から互いの傷をなめ合うかのように急接近していき、それが恋愛感情まで発展していくのは意外な展開。しかし、マティアスの父親とマティルドが「そんな関係」だったとすれば、ひょっとしてマティアスとクロエは(腹違いの)兄妹・・・?もしそうだとすれば、そんな2人がキスを交わし、愛を語るのはもっての他だが・・・。

<ヴィアジェ付きでの売買も可能だが、売ってしまうと?>
 抵当権付きの不動産の売買が可能なのと同じように、ヴィアジェ付きの物件の売買も可能。現に本物件は一等地にあるため、従前からヴィアジェ付きでも買いたいと申し出ている開発業者フランソワ・ロワ(ステファン・フレイス)がいた。しかし、彼に売ってしまうと本物件を含む一帯には大きなホテルが建設されるらしい。そして、そうなれば街並みはもちろんクロエたちの家族の歴史も失われてしまうのは必至だから、クロエがこれに猛反対したのは当然だ。しかし、今や一文無し状態のマティアスにとっては、建物内の家具を切り売りするような小手先だけでは生きていけないため、ヴィアジェ付きでの本物件の売却を検討したのは仕方ない。それに対してクロエは1㎡当たり3000ユーロで自分が買い取るとまで申し出たが、さてそんな売買交渉の展開は・・・?
 不動産の売買に値段交渉はつきものだが、さてヴィアジェ付きの本物件の売買代金はHOW MUCH?なお、私の理解ではヴィアジェ付きで本物件を売った場合でも、そこに現に住んでいるマティルドとクロエは出て行く必要はないと思うのだが、そこらあたりの法的説明が十分なされないため、少し消化不良の感もある。ちなみに、日本と同じように、不動産業者にもフランソワ・ロワのような開発による儲け一辺倒の業者がいれば、マティアスが最初の飛び込みで見つけたオギュースト・ルフェーヴル(ドミニク・ピノン)のような、セーヌ河の河岸に停留した船を自宅にしている面白い不動産屋もいるので、それにも注目!

<法的には無茶だが、舞台劇の結末としては概ね納得!>
 本作は舞台劇のような会話劇がメインだから、その会話を集中して聞かなければならないが、本作はイスラエル・ホロヴィッツ監督が自作のヒット舞台劇を脚色して映画化したものだと聞いて、なるほどと納得。本作ではマティルドの堂々とした存在感が当初から目立っているが、さまざまな会話劇の中で少しずつ真相が明らかにされる中、当初対立していたマティアスとクロエが恋愛関係にまで発展していくプロセスが実に丁寧に描かれていく。
 本来、マティアスもクロエも若き日のマティルドとマティアスの父親との不倫による被害者だが、今さらそれをがなり立てても仕方ない。そんな認識の下で(?)マティアスとクロエとの仲が急接近したのはある意味当然かも・・・。また、マティアスの母親の死因を聞かされる中、かつて自分の恋人だったマティアスの父親とそっくり(?)のマティアスの姿を見て、マティルドのマティアスに対する気持ちに大きな変化が生じたのも、ある意味当然かも・・・。
 もし、マティアスとクロエが互いに結婚まで考えているとしたら、まず2人は兄妹でないことの生物学的な証明が必要だし、次に2人が住むための家が必要。しかして、クロエから「私とマティアスはきょうだい?」と端的に質問されたマティルドの答えは「そんなことを言われてもわからないわよ・・・・・・」と堂々としたものだから恐れ入る。かくなる上はDNA鑑定しかないが、さて本作の結末は?
 他方、今やマティアスは本物件を開発業者のフランソワ・ロワに売却する契約を成立させ手付金代わりの現金まで受領していたから、その途中解約は法的には無理だし、強行すれば大きな犠牲を伴うはず。もっとも、それはあくまで「法的に考えれば」ということだから、法的には多少無茶でも、舞台劇の結末としては概ね納得!
                                  2015(平成27)年12月16日記