洋15-145

「殺されたミンジュ」
    

     2015(平成27)年12月11日鑑賞<ビジュアルアーツ専門学校大阪試写室>

監督・脚本・撮影・編集・製作総指揮:キム・ギドク
謎の集団のリーダー(謎の集団の支配的リーダー。愛しい人を失った過去を持つ男。)/マ・ドンソク
事件に関わった男、容疑者1(仕事を続けるために、上からの命令に従い人を殺した男。集団の最初のターゲットとなり、彼らの真の姿を明かそうとする。)その他7役。/キム・ヨンミン
謎の集団のメンバー1(リーダーの右腕的存在の男。客から見下されるカフェのウェイター。)/イ・イギョン
謎の集団のメンバー2(しゃべりは早いが行動は遅い臆病者。上司から侮辱されている自動車修理工。)/チョ・ドンイン
謎の集団のメンバー3(理性的な男。米国の名門私立大学を卒業したものの、まともな仕事に就けないでいる男。)/テオ
謎の集団のメンバー4(気の弱い、集団唯一の女性。恋人からのDVに耐えている。)/アン・ジヘ
謎の集団のメンバー5(リーダーに盾突く男。無職。不治の病に冒された妻の治療費を払うため、高利貸しから借金をしている。)/チョ・ジェリョン
謎の集団のメンバー6(集団メンバーの中で最年長。小さな自営業を営む男。友人にお金をだまし取られ、路上生活を送るはめになった。)/キム・ジュンギ
2014年・韓国映画・122分
配給/太秦

<今やキム・ギドク作品と聞くだけで、必見!>
 近時のキム・ギドク監督作品である、『アリラン』(11年)(『シネマルーム28』206頁参照)、『嘆きのピエタ』(12年)(『シネマルーム31』18頁参照)、『メビウス』(13年)(『シネマルーム35』170頁参照)を私はすべて観ているが、すごい映画ばかりだ。しかして、キム・ギドクが監督、脚本、編集、製作総指揮の他撮影までやってのけた最新作である本作は、チラシを見ただけでもこりゃ問題作!とわかる。防護マスクを顔につけ、右手に釘を打ちつけた棍棒を持った気味の悪い男は一体ナニ?
 キム・ギドク監督作品の本質は、一定のストーリー構成の中にある人間の本性をさらけ出してスクリーン上に描くことにある。『嘆きのピエタ』や『メビウス』のそれは人間の恥部をさらけ出すような生と性だったが、本作のそれを一言で言えば「怒り」。とにかく、キム・ギドク監督作品も長編20本目になった今、キム・ギドク監督作品と聞くだけで、こりゃ必見!

<ミンジュという名前にはいかなる意味が?>
 本作冒頭に複数の男たちによって無残に殺される女子高生の名前がミンジュだが、ミンジュには「民主主義」という意味があるらしい。すると、そこには何か政治的なメッセージが含まれているの?恐がりの私は『SAW』シリーズ(『シネマルーム18』354頁、『シネマルーム24』未掲載)に代表される、ハリウッドの「スプラッター映画」は残酷すぎて観る気にならないが、本作について集めた事前の情報では、残忍な拷問シーンがいっぱいあるらしい。本作における「謎の集団」は、藤田まことが中村主水役を演じて大ヒットした『必殺仕置人』の「仕置人グループ」のような存在と言えなくもないが、よく考えてみればやはり違う。そもそも「必殺仕置人」は本作の「謎の集団」のような拷問を加えることはなかった。
 プレスシートの「キム・ギドク監督インタビュー」の中で、「女子高生オ・ミンジュのモデルは誰ですか?」の質問に対して、キム・ギドク監督は「完成した映画を見る前は、2人の人物とある出来事が頭の中にあった。映画を見た後、映画がすべてを説明しているから、私が直接言うべきではないと感じた。ある出来事に関する特定の人たちについて話したいと思っていたが、映画を見て、そうすべきではないと気付いたのだ。名前が大きなヒントになるが、私たち誰もが自分の中に『失われたオ・ミンジュ(ミンジュは民主主義の意味)』を抱えているのではないだろうか。冒頭シーンをひとりの女子高生の死と捉えるよりも、死や喪失の象徴的出来事と捉えたほうが理解しやすいと思う。」と答えている。
 しかし、残念ながら私にはそこで言う「2人の人物とある出来事」が何を意味するのかサッパリわからないし、多分それは多くの日本人も同じだと思う。したがって、本作はあくまで韓国における「殺されたミンジュ」だが、さて日本にあてはめて考えてみれば・・・?平和で安心、安全な国日本では、本作のようなストーリーはありえないと言えるのだろうか?

<一人で8役も!監督は自ら撮影も!>
 ミンジュを襲い殺害した7人の男たちを一人また一人と拉致し拷問を加え、「去年の5月9日にしたことを全部書け」と迫る「謎の集団」のリーダーは、ちょっと太り気味であまりガラの良くない中年男(マ・ドンソク)。それに対して、ミンジュを襲撃したメンバーとして謎の集団から最初のターゲットとして拉致され、釘を打ちつけた棍棒でボコボコに頭を打たれる「容疑者1」役を演じるのは『春夏秋冬そして春』(03年)以来のキム・ギドク監督作品への出演となるキム・ヨンミンだ。このキム・ヨンミンは本作全編を通じて容疑者1の他7つもの役を演じるから、正直言って少し頭がこんがらがってくる。それはある意味仕方ないが、この容疑者1は後半からは謎の集団のアジトに侵入したり、謎の集団一人一人の身元をつきとめ写真を撮っていく重要な役割を演じるのでそれに注目!キム・ギドク監督は吉野家の牛丼と同じように、「うまい、安い、早い」がキャッチフレーズだから、俳優の出演料を倹約するために、キム・ヨンミンに一人8役をやらせたのかもしれないが、さてその狙いの当否は?またその賛否は?
 さらに、キム・ギドク監督は本作ではじめて自ら撮影を行っているが、プレス・シートによれば、その最大の理由は「時間とお金だ」と語っている。これは、実に正直な答えだが、同時に「プロのカメラマンではないから、現状の撮影には満足していない。すべての撮影を1台のカメラで行ったから、照明のクオリティなどに問題があるんだ。いろいろな点で足りていない部分があることを申し訳なく思ってるよ。」とこれも正直に語っている。拷問部屋はもともと暗いからごまかしがきく(?)が、リーダーの右腕的存在であるメンバー1(イ・イギョン)が勤めている明るいカフェ等では撮影技術の未熟さがありありと・・・?

<本作の紅一点は?>
 私はキム・ギドク監督作品ではいつもどんな(美人)女優が登場するのかにも注目しているが、残念ながら本作の女子高生ミンジュは冒頭に少し登場するだけ。それに代わって(?)本作の事実上の「紅一点」となるのは、いつもリーダーの側で書類の受け渡しをしている「メンバー4」役の女性(アン・ジヘ)だ。本作ではリーダーが加える拷問のあまりの残酷さに少しずつメンバーたちの心が離反していく姿が印象的だが、最初にその意思を示し集団から離脱したい旨の意思表明をするのがこのメンバー4の女性だ。
 本作では折に触れてリーダーの下に結集しているメンバー1からメンバー6までの男女の「生態」が描かれるが、それは極めて悲惨なもの。日本でも格差社会が広がり、法曹界では司法試験に受かり弁護士バッジをつけても喰えない弁護士の悲惨さが社会問題になっているが、キム・ギドクが本作で描く韓国社会の格差や矛盾はそれをはるかに上回っている。ストーリー展開を見ていると、当初この女はリーダーの恋人かと思われたが、実はそうではなく彼女には恐るべきDVを加える恋人(?)が・・・。この恋人役もキム・ヨンミンが演じているが、キム・ギドク監督が描くネチネチとした彼らのDVシークエンスのすごさと、その後のベッドシーン(?)のすごさもじっくりと!

<韓国社会での若者やおじさんの不平不満にビックリ!>
 日本でも格差格差、と格差問題が叫ばれているが、私に言わせれば、今の日本は世界中で一番格差が少なく、理想的な共産主義国家に近い国。日本に比べるとアメリカはもちろん、中国の格差はすごい。また、今なお階級意識が強いうえ移民問題に悩んでいるヨーロッパでも格差は大きい。そして、本作の謎のメンバーの若者たちやおじさんの不平不満をみれば、韓国の格差の大きさを痛感!
 カフェのウェイターをしている「メンバー1」は客から見下されているし、自動車修理工の「メンバー2」(チョ・ドンイン)は上司から侮辱されている。「メンバー3」(テオ)は兄の援助でアメリカの名門私立大学への留学を果たしたものの、帰国後まともな仕事に就けず、兄とケンカばかり。時々リーダーにたてつく「メンバー5」(チョ・ジェリョン)は無職で、不治の病に冒された妻の治療費を払うため高利貸しから借金をしているし、集団の中で最年長で小さな自営業を営む「メンバー6」(キム・ジュンギ)は友人にお金をだまし取られ、路上生活を送っている。唯一の紅一点、「メンバー4」の悲惨さは前述のとおりだ。
 一貫してブレずに拉致しては拷問し、去年5月9日の供述書をとり続けるリーダーだけは本作の展開上その境遇が明かされないため、終盤に向けて否応なくその興味が高まってくるが、予想するところでは、この男はひょっとしてミンジュの父親?とにかく韓国社会での若者やおじさんたちの不平不満の大きさにビックリ!

<韓国社会でのゆがんだ権力構造にビックリ!>
 他方、なぜミンジュが冒頭シーンのような残忍な殺され方をしたのかについてはストーリー全般を通じて明かされないが、ミンジュの殺害に関わった7人の男たちが1人また1人と拉致され拷問されていくに従って、その闇が極めて構造的なものであることが示されていく。つまり。実行部隊の7人は単に道具として使われただけで、その上層部にはさまざまな国家機関の有力者たちが存在していることが明らかになっていく。『ハンナ・アーレント』(12年)で、アメリカに亡命した女性哲学者ハンナ・アーレントは、「ユダヤ人問題の最終的解決」(ホロコースト)に関与し、数百万人の人々を強制収容所へ移送するにあたって指揮的役割を担った、アドルフ・アイヒマンを極悪非道な男と分析するのではなく、「悪の陳腐さ(凡庸さ)」を説いた(『シネマルーム32』215頁参照)が、本作に見る「ミンジュ殺し」についても、それと同じ構造が浮かび上がってくるわけだ。
 キム・ギドク監督は、本作における謎の集団の「怒り」を通じて、それほどまでにひどい韓国社会の格差のみならず、ゆがんだ権力構造に鋭い目を向け、鋭い分析をしていくのでそれに注目!

<物語の行く着く先は?果たしてこれでよかったの?>
 残忍そのものだった『SAW』シリーズにおける「拷問部屋」はホンモノだったが、本作における「拷問部屋」はくり返し見ていると、インチキ感が充満している。謎の集団の服装を見ても、海兵隊もどきの武装集団だったり、ヤクザ集団だったりいろいろと変化させているが、基本的にこれは見かけ倒し。その結果、拉致されてくる人間のレベル(?)が上がってくると、さすがにそのインチキ性に気づかれ、「おもちゃのピストルで撃てるものなら撃ってみろ!」と言われてしまうまでに・・・。
 また、謎の集団は一見リーダーの下に血の結束を誇っているかのようだったが、それも拉致する人間が一人また一人と増えてくる中、内部矛盾が露呈し分裂直前の状況にまで・・・。そんな状況下、リーダーが自分だけホンモノの銃をもっていることがバレたり、拉致した「大物」から「この男を逮捕したら、お前たちの罪は許してやる」と誘惑されると、それに心を動かされるメンバーが出てきたりしてきたから、もはや謎の集団の結束もここまで・・・?
 そして、あっと驚く結末に向けては、1番最初に拉致されてボコボコにされながら、その後謎の集団の調査に乗り出していた「容疑者1」の活躍ぶりがポイントになるので、それに注目!また、謎の集団によるミンジュ殺害の実行犯やその黒幕への報復劇が終盤を迎える中で、リーダーの身の上も明らかにされるが、これらすべての物語の行く着く先は?そしてまたリーダーの達成感は?なるほど、さすがキム・ギドク監督。残忍さいっぱいの本作が描く物語の、悲しさいっぱいの行く着く先を、大きな驚きと共にしっかり噛みしめたい。
                                 2015(平成27)年12月16日記