洋15-143

「ザ・ウォーク」
    

                     2015(平成27)年12月8日鑑賞<ギャガ試写室>

監督・共同脚本・製作:ロバート・ゼメキス
フィリップ・プティ(ワイヤー・ウォーカー)/ジョセフ・ゴードン=レヴィット
パパ・ルディ(サーカス団“白い悪魔たち”の座長、綱渡り師)/ベン・キングズレー
アニー(美術学校生、フィリップの恋人)/シャルロット・ルボン
ジャン=ルイ(カメラマンを目指す青年、優れた射手)/クレマン・シボニー
ジェフ=フランソワ(高所恐怖症の数学教師)/セザール・ドンボイ
バリー・グリーンハウス(南タワー82階で働く保険会社社員)/スティーヴ・ヴァレンタイン
ジャン=ピエール(通信機器ショップの店長、有線ラジオの提供者)/ジェームズ・バッジ・デール
アルバート(フィリップの共犯者)/ベン・シュワルツ
デヴィッド(フィリップの共犯者)/ベネディクト・サミュエル
2015年・アメリカ映画・123分
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

<これぞ3D!映像のテクノロジーにうっとり!>
 2001年のあの「9.11同時多発テロ」のために、今はもう失くなってしまったのが、ニューヨーク・マンハッタンにあったWTC(ワールドトレードセンター)。1973年に完成し、4月4日に落成式典が挙行されたWTCはニューヨーカーからはファイリング・キャビネットのようだと思われていたが、それに命を吹き込んだのが『マン・オン・ワイヤー』(08年)でも描かれ、本作の主人公となったワイヤー・ウォーカー(綱渡り師)の男フィリップ・プティ(ジョセフ・ゴードン=レヴット)だ。地上528m(最上部)にそびえ立つ北棟と南棟の2つのビルの最上階(110階、高さ411m)の間42.67mに張った直径2.2cmのワイヤーの上を、命綱なしでザ・ウォーク!こりゃ、狂気の沙汰としか言いようがない。
 『ゼロ・グラビティ』(13年)は、無重力の宇宙空間の中にシャトルから放り出された宇宙飛行士の姿を、信じられないような3Dの映像テクノロジーで作りだしていた(『シネマルーム32』16頁参照)が、本作は地上411mでの綱渡りの姿を、信じられないような3Dの映像テクノロジーで作りだしている。高所恐怖症の私はそんな本作を観るのを躊躇したが、恐いもの見たさの誘惑が勝って試写室へ。その結果、これぞ3D!映像のテクノロジーにうっとり!

<天才?それとも狂人?拍手喝采?それとも犯罪?>
 8歳の時から綱渡り師を目指して、“世界一の綱渡り一座”と呼ばれるサーカス団、通称“白い悪魔たち”の至高の綱渡り師として鳴らす座長パパ・ルディ(ベン・キングズレー)から厳しく教えられたフィリップは、ある日ルディと対立。それは、観客を喜ばせることを第1に考えるルディに対して、フィリップは傲慢にも自分をアーティストだと思い込んだためだ。本作導入部は、そんなフィリップが大道芸人として生きていく姿を描いていく。
 そこで目立つのはフィリップの自信タップリさ(自信過剰さ?)。しかし、現に同じ街角で弾き語りをして稼いでいた美術学生のアニー(シャルロット・ルボン)の観客を、自分の綱渡り芸で奪ってしまったのだから、たしかにその実力はピカイチ。自分は、今はしがない大道芸人だが、将来の夢はNYに建設中のツインタワー・ビル、ワールドトレードセンターの北棟の屋上と南棟の屋上の間にワイヤーを架けて歩くことだという夢を語るフィリップに、アニーがゾッコン惚れ込んだのもうなずける。
 大道芸人からアーティストとしてのワイヤー・ウォーカーに脱皮するためのフィリップの「デビュー戦」は散々たる結果に終わったが、ノートルダム寺院の2つの塔の間にワイヤーを架けて歩くウォークは大成功!しかし、大道芸人として許可なしに道路を占拠する罪はたかが知れているが、こちらはれっきとした住居侵入罪等の犯罪だから、パリっ子たちの拍手喝采にもかかわらず、フィリップが警察に逮捕されたのは仕方ない。拍手喝采?それとも犯罪?これは場合によれば両立するが、そんなことに熱中する男フィリップは天才?それとも狂人?ひょっとして、これも両立するの・・・?

<なぜ次々と同志(共犯者?)たちが?>
 個性的な人間の周りには個性的な人間が集まるもの。かなり偏っているとはいえ、フィリップの個性的な魅力の前に、フィリップとアニーの(男女の)ロマンスは必然と思えたが、それ以外にもフィリップの周りには次々と同志(共犯者)が集まってくるから、本作前半は、そんな人間関係、人脈作りの、ストーリーに注目!これはあたかも、『三国志』導入部の「桃園の誓い」で見た、劉備、関羽、張飛の3人が行う「義兄弟の契り」のようなもの・・・?
 2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』の統一テーマは、吉田松陰が主張していた「志(こころざし)」だったが、本作でフィリップが主張するのは、綱渡り師としてWTCのビルの間をワイヤーで歩く「夢」。これが犯罪行為であることを前提とした上での、このある意味ばかげた夢に共感し、その実現に向かって共に歩もうという同志がなぜ次々と集まってくるの?それが本作前半のポイントだ。
 その第1号はアニーだったが、その後、②カメラマンを目指すアナーキストの青年ジャン=ルイ(クレマン・シボニー)、③数学教師で高所恐怖症のジェフ=フランソワ(セザール・ドンボイ)、④NYの通信機器ショップの店長ジャン=ピエール(ジェームス・バッジ・デール)、そして⑤アルバート(ベン・シュワルツ)、⑥デヴィット(ベネディクト・サミュエル)たちが次々と同志に。彼らは『花燃ゆ』流、あるいは吉田松陰流に言えば「同志」だが、法律的に言えば明かな犯罪の共犯者だ。
 本作前半では、吉田松陰の狂気とよく似た(?)超個性的な若者フィリップと同志関係を結ぶ、そんな個性的な同志(共犯者)たちとの人間関係のストーリーをたっぷりと楽しみたい!

<準備はすべて手作りだから大変!今ならスポンサーが>
 かつてのTBS系列のスポーツエンターテインメント番組『筋肉番付』のスペシャル企画としてスタートした『究極のサバイバルアタックSASUKE』は、1997年秋にはじめて放送され、2015年7月の時点で31回開催されているそうだ。こんな風にテレビの「サバイバルアタック」番組が発展した今では、ちょっと目立ったパフォーマーがいればすぐにテレビが食いつくから、スポンサー探しは容易。しかし、フィリップが夢として目指した、WTCの北棟と南棟の間42.67mに張った地上411mの高さのワイヤーの上を歩くという、誰がどう考えても不可能な1974年当時の挑戦には何のスポンサーもつかず、その準備はすべてフィリップとその同志たちの手作りだから大変。しかも、それが住居侵入罪をはじめとする多くの犯罪行為だとわかっているから、フィリップたちの準備作業は、警察はもちろんビルの警備員たちの目を盗みながらのものになるから更に大変だ。もっとも、本番前にフィリップが工事現場の釘を踏んで右足をケガするというアクシデントも、松葉杖のケガ人を装えばタワー内部やエレベーターへの侵入が容易になるというメリットになったから面白い。その他、本作後半はそんな本番に向けた緻密な準備作業の進め方が焦点となる。
 昨今のテレビのバラエティー番組なら、こんなすごいパフォーマンスの主役は本番に向けて十分休養をとり、精神を集中させるものだが、本作を見る限り、フィリップは本番に向けたすべて手作りの準備作業の先頭に立って働いているから大変。もし、SASUKEの正式種目の1つとして綱渡りゲームが採用されれば、さしずめフィリップは莫大な出演料をもらって本番に臨めるはず。そんな想定と対比しながら、本作の準備作業に従事するフィリップの奮闘ぶりに注目したい。
 
<クライマックスは一瞬?いやいや、さにあらず!>
 オリンピックの華となる競技を1つ2つあげろと言われると難しいが、私見ではそれはマラソンか100m走。マラソンの実況中継は2時間を超える長丁場だが、100m走は10秒を切る勝負だから、クライマックスはほんの一瞬。それと同じように、WTCの北棟と南棟の間42.67mを渡したワイヤーの上を命綱なしで歩く綱渡り芸に要する時間はせいぜい数分だから、クライマックスもその一瞬のみ。誰もがそう思い、フィリップの南棟からの第一歩を固唾を呑んで見守ったが、2歩、3歩と進み、中間地点まで進むと、その歩行の意外な安定ぶりに少し拍子抜け感も・・・。南棟にはジャン=ルイたちが待機してさかんにカメラのシャッターを押していたが、フィリップの世紀のパフォーマンスはこの数分で終わりだ。
 地上からはアニーたちがその様子を双眼鏡でのぞいていたし、アニーたちの声がけによって通行人たちも次々と地上を見上げていたが、さて地上411mの高さで行われているフィリップのパフォーマンスが地上からまともに見れるの?『究極のサバイバルアタックSASUKE』のように、テレビの画面上で選手たちの動きをリアルに見ながら、実況中継を聞けば各選手のパフォーマンスぶりが実感できるが、はるか上空でのフィリップの動きを何の実況中継もなく見上げても、全然面白くないのでは・・・?そんな地上の見物客とは裏腹に(?)、スクリーン上を観ている私たち観客の目は、3Dの映像の中に浮かび上がるフィリップの姿にとにかく集中するとともにただただ唖然。
 しかも、そのパフォーマンスはほんの数分で終わりと思っていると、意外にも北棟にたどりついたフィリップは再び南棟に戻るというパフォーマンスを始めたからビックリ!さらに、南棟に取締りの警察官が登場すると、それをからかうかのようにその目の前で反転したから、またビックリ!そして、その後はワイヤーの上で跪いたり、寝転がったり、あげくの果ては近くまで飛んできた鳥との対話(?)を楽しんだり・・・。ここまでやってくれれば、3Dのスクリーン上で、地上411mの上空でのフィリップのパフォーマンスを見ている私たち観客の満足度は最高潮に!

<WTCの「あの映像」は永遠だが、この映像も!>
 WTCに大型ジェット機が突っ込んだ2001年の9.11テロの映像は永久に忘れられない現実のものだが、本作はいくら現実にもとづいているとはいえ、3Dで観るスクリーンの映像はあくまでつくりもの。プレスシートに書かれているプロダクションノートを読めば読むほどその映像テクニックに感心させられるが、あくまでつくられた映像だ。しかし、ニューヨーク・マンハッタンが誇った1974年当時世界最高層のツインタワービルであるWTCの記憶としては、2001年9.11のあのショッキングな映像とともに、本作がつくりあげたフィクションとしての地上411mの綱渡りシーンも永久に残したいものだ。
 本作は、フィリップの「語り」によってストーリーが進行していく。したがって、わかりやすいといえばそのとおりだが、逆にその点でのドラマ性はイマイチの感がある。しかし、夢を叶えた後の本作の終え方にはちょっとした工夫があるので、それに注目。『花燃ゆ』ではラストに向けて大沢たかお扮する小田村伊之助(=楫取素彦(かとりもとひこ))と、1年間にわたって主人公を務めた井上真央扮する吉田松陰の妹である杉文(ふみ)(=久坂美和(みわ))が再婚する結末になっているが、本作ではフィリップの夢が実現した後、フィリップとアニーは結婚するのではなく、逆に別れることになる。それはアニーが「今度は私が夢を追う番よ」と告げたためだが、なるほどフランスの若い女は1974年当時既にこういう考え方だったのかと感心させられる。また、それを率直に受け入れるフィリップの価値観も同様だ。
 フィリップの罪がどうなったのかは一人一人しっかり確認してもらいたいが、アメリカからもフランスからも拍手喝采を浴びたフィリップには、「有効期限なし」というWTCの頂上に自由に登れる特別の許可証が与えられたらしい。しかして、今フィリップは時々一人でWTCの頂上に登っているそうだが、さてその時、彼の胸の中に帰来するものとは・・・?
                                  2015(平成27)年12月11日記