日15-138

「恋人たち」
    

                      2015(平成27)年11月21日鑑賞<テアトル梅田>

原作・脚本・監督:橋口亮輔
アツシ(通り魔殺人事件で妻を失った男)/篠原篤
高橋瞳子(主婦)/成嶋瞳子
四ノ宮(同性愛者で完璧主義のエリート弁護士)/池田良
藤田弘(瞳子の生活にひとすじの光を与える男)/光石研
吉田晴美(藤田の愛人)/安藤玉恵
敬子(瞳子の姑)/木野花
黒田大輔(太陽職員、アツシの先輩)/黒田大輔
聡(四ノ宮の友人)/山中聡
女子アナウンサー/内田慈
溝口(区役所保険課職員)/山中崇
アツシの先輩/リリー・フランキー
2015年・日本映画・140分
配給/松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ

<新しい理念は作家主義×俳優発掘!>
 本作は、松竹ブロードキャスティングによるオリジナル映画製作プロジェクトから生まれた作品で、その理念は作家主義×俳優発掘。具体的には才能ある監督が「今、撮りたい」と思う題材を、新人俳優を起用して自由につくるというものだ。つまり、映画監督を最大限尊重し、やりたいものを形にするというもの。このように、監督を中心に据えた映画づくりは、昨今の商業主義とは一線を画す、作家の個性を突き詰めた“本物の映画”になっている。
 本作のパンフは約60頁にわたる立派なものだが、そこには『恋人たち』製作記、前編6頁、後編6頁が含まれている。これは、本作のプロデューサーを務めた小野仁史氏が、橋口監督との出会いとオリジナル映画製作プロジェクトの発足、そして本作の製作・完成に至る道のりを、大幅な容量オーバーも省みずかなり興奮気味にまとめた文章だ。その熱い思いがひしひしと伝わってくる好レポートになっているので、本作の鑑賞についてはこのパンフの購入が不可欠だ。
 もちろん、作家主義もわかるし、俳優発掘もわかる。中国の張藝謀(チャン・イーモウ)監督は新人女優発掘の名人と言われたが、橋口監督もそうなの?映画のヒロインや主役級の俳優を既存のビッグネームではなく、新人俳優を起用する場合オーディションによる選出が通常だが、さて本作は?

<橋口監督流のワークショップとは?>
 パンフの15頁には橋口監督のインタビューの中で、「『サンライズ・サンセット』(13)、『ゼンタイ』(13)に続くワークショップ3部作のつもりで、ワークショップのエチュードをもとに膨らませていこうと思ったんです」と語られているが、これだけでは橋口流ワークショップとはどんなものなのかサッパリわからない。しかし、パンフ40~42頁にある前述した小野仁史氏の、『恋人たち』製作記前編の「50名一斉面接」「橋口流ワークショップ①」「橋口流ワークショップ②」を読めば、それがよくわかる。
 ちなみに、本作冒頭はアパートの一室で、アツシ(篠原篤)が亡き妻と思い出を語るシーン。これを含めて本作は、本作ではじめて映画に出演し、主人公となった①通り魔殺人事件で妻を失ったアツシ、②自分に関心のない夫と暮らす主婦・瞳子(成嶋瞳子)、③同性愛者で完璧主義のエリート弁護士・四ノ宮(池田良)が一人でセリフをしゃべるシーンが多い。そして、これこそが橋口流ワークショップで撮影されたシーンなのだ。
 ちなみに、アツシを演じた篠原篤には、ワークショップで「愛する人を失って数年経つが、いまだ想いを引きずる男の日常をやってほしい」とのテーマでエチュードが命じられ、彼はそれを見事に演じ切ったらしい。つまり、橋口監督は50人の一斉面接とワークショップの中で抽出したさまざまなテーマの中でのエチュードを素材とし、その役者たちをイメージしながら脚本を書きまとめ完成させていったわけだ。

<興味深い3人の主人公 その1>
 本作の第1の主人公アツシの仕事は、首都高速道路の橋梁点検。機械よりも正確な聴力を持つ彼は、コンクリートをノックしたその反響音で破損場所を探り当てることができるから、その世界では天才と呼ばれている。もっとも、当の本人が全然その才能を自覚していないところがミソだ。冒頭のアツシの独白だけではアツシがどんな苦悩を抱えているのかわからないが、ストーリーの進行につれて、彼がどうしようもない立場に置かれていることが少しずつわかってくる。
 妻を理不尽に通り魔に殺されてしまったアツシは、まずその報復の手段を求めて、それがダメならせめて法的な損害賠償を求めて弁護士に相談したが、最初の(一流の)弁護士は1時間5万円の相談料を取られただけで何の成果も得られなかったらしい。以降彼はセカンドオピニオンを求め、ないカネを叩いて相談を続けてきたが、さてその展開は?
 そんなアツシの勤める会社には、大津(大津尋葵)、川村(川瀬絵梨)、高田(伶音)、吉田(吉田征央)等の個性的な人間が登場し、さまざまな会話が展開されるのでそれに注目。とりわけ、アツシの先輩である黒田大輔(黒田大輔)とのやりとりは人間的な深みがあるので、それをじっくりと味わいたい。また、未納の保険料をめぐる保険課職員・溝口(山中崇)とのやりとりや、一方的に喋られっぱなしとなる先輩(リリー・フランキー)とのやりとりはめちゃ面白い。ありとあらゆるところで行き詰ってしまったアツシが、トイレの中で上野の売人(遠藤隆太)を通じて覚醒剤に手を出す後半のシークエンスになると、いよいよ絶望的な展開になるのかと思ってしまったが、本作の結末は意外にも・・・?

<興味深い3人の主人公 その2>
 本作第2の主人公となる、企業を対象にした弁護士事務所に勤める四ノ宮は、エリートである自分が他者より優れていることに疑いを持たない完璧主義者で、とにかくイヤな奴。プンプンにおうエリート色と他人の気持ちへの無関心は仕方ないとしても、何より我慢できないのは、あのしゃべり方!大阪の人間にはなおさらだ。
 骨折した四ノ宮の足のギブスにラップを巻いていたゲイの恋人・中山(中山求一郎)は、なぜ四ノ宮から離れていったの?また、四ノ宮の親友・聡(山中聡)とその妻・悦子(水野小論)、息子・翔太をめぐるちょっとややこしそうな問題とは、一体ナニ?そして、そんなストーリー展開の中で見せる四ノ宮の人間性とは・・・?
 本作に登場する3人の主人公たちはそれぞれ別々の生活を営んでおり、何の接点もない。先輩から四ノ宮を紹介されたアツシが、セカンドオピニオンならぬ、5人目の弁護士の助言を求めて四ノ宮のもとを訪れることによってはじめて2人の主人公の接点が生まれるが、さて四ノ宮弁護士の回答は?四ノ宮が女子アナ(内田慈)からの離婚の相談を聞いている姿もかなりインチキっぽいが、アツシの相談への対応も相当ひどい。この四ノ宮弁護士をめぐる一連の法律相談を見ていると、普通の人は弁護士なんてカスばっかりと思ってしまうはずだ。オリジナルの脚本だから仕方ないが、同業者には例外的に私のようなまともな弁護士がいることも、是非知っておいてもらいたいものだ。

<興味深い3人の主人公 その3>
 映画鑑賞後の舞台挨拶によれば、若い頃には山口智子にそっくりだった(?)らしい成嶋瞳子は、1973年生まれだから撮影時は41歳。したがって、その体型を含めて夫・信二郎(高橋信二朗)とその母親・敬子(木野花)と一緒に暮らしている、くたびれた主婦・高橋瞳子役が実によく似合う。それでも、ボディタッチを合図とする夜のセックスライフはあるらしい。もっとも、瞳子にとっては夫とのセックスの楽しみよりも、雅子サマの追っかけをしていた頃の夢みる少女時代の自分に戻ることが最高の楽しみらしい。
 瞳子は岩田(三月達也)とその妻ミチ(岩野未知)が経営する弁当屋でパートの仕事をしており、そこにはパート仲間の岡本(梨田凛)、藤原(藤原留香)らがいる。小さな職場でも、同じ時間に同じ場所で多くの人が働いていれば、さまざまなトラブルがあるもの。本作が描くその風景も面白いが、ある日瞳子がそこに鶏肉を運んできた業者の男・藤田弘(光石研)と知り合ったことによって、平凡な主婦にはあるまじきスリリングな展開になっていくのでそれに注目!それに輪をかけたのが、逃げたニワトリを藤田と一緒に捕まえた後に、異様な高揚感の中で入ったスナック「アムール」で吉田晴美(安藤玉恵)と知り合ったこと。藤田の愛人である晴美はどこかの準ミスであったことを売りにボトル1本1万円の「美女水」を販売していたが、そんなバカバカしい話に瞳子がコロリと騙されるところが面白い。
 そのうえ、何かと女に優しい藤田に夫とは違う男の姿を勝手に夢見たのか、ある日瞳子は藤田に誘われるままに家を出て藤田の元を訪れたが、そこで瞳子が目にした修羅場とは・・・?

<完璧な構成力と完璧な脚本に拍手!>
 ワークショップの実施によって俳優たちの発掘とネタ(ワークショップによるエチュード)の収集に成功しても、それをどう構成し、脚本を書いていくかは難しい。そこでは、さすがの橋口監督も苦労を重ねたらしい。しかし、「書き上げたら、初めて本物のセリフが書けたような気がして、これまでで一番いい本になったと思います」との言葉を聞けば、その自信満々さがわかる。『恋人たち』という一見不釣り合いなタイトルの中で、前述した3人の主人公たちが織り成すさまざまなストーリーは、すべて前述の橋口流ワークショップから生まれたわけだが、それをネタにした橋口監督流の完璧な構成力と完璧な脚本に拍手!
 パンフレット42頁の「アテ書きされる脚本」には、「キャラクターを生み出し、ストーリーを描いていった。通常は完成した脚本のイメージに合わせて俳優をキャスティングするところを、37名の役者と6日間をともにし、彼らの特性を掴んだうえでの脚本執筆は、完全なる“アテ書き”。」と書かれているので、本作の鑑賞については、「アテ書き」とは何かについてもしっかり勉強したい。
 たまたま私が本作をテアトル梅田で鑑賞した11月21日10時の回には、橋口監督が舞台挨拶で登場するとともに、成嶋瞳子も飛び入りで参加したため、直接2人の姿を写真に収めることができた(もちろん、許可付で)。また、舞台挨拶終了後のサイン会では、パンフレットに橋口監督のサインをもらった。本作のパンフはその内容の豊富さだけでも十分価値があるが、それに監督直筆のサインが加わったので、更に価値が増大。これは永久保存しなければ・・・。
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