洋15-130

「黄金のアデーレ 名画の帰還」
    

                      2015(平成27)年11月6日鑑賞<ギャガ試写室>

監督:サイモン・カーティス
マリア・アルトマン(“黄金のアデーレ”の返還を求める82歳の女性)/ヘレン・ミレン
ランドル・シェーンベルク(マリアの弁護士)/ライアン・レイノルズ
フベルトゥス・チェルニン(オーストリア人のジャーナリスト)/ダニエル・ブリュール
パム・シェーンベルク(ランドルの妻)/ケイティ・ホームズ
若い頃のマリア・アルトマン/タチアナ・マズラニー
フリッツ・アルトマン(若い頃のマリアの夫)/マックス・アイアンズ
シャーマン/チャールズ・ダンス
フローレンス・クーパー(裁判官)/エリザベス・マクガヴァン
ウィリアム・レンキスト(最高裁判所長官)/ジョナサン・プライス
バーバラ・シェーンベルク/フランシス・フィッシャー
アデーレ・ブロッホ=バウアー(“黄金のアデーレ”のモデル、マリアの伯母)/アンチュ・トラウェ
2015年・アメリカ、イギリス映画・109分
配給/ギャガ

<オーストリアの併合とナチスによる美術品の強奪>
 オーストリアのウィーンと言えば、モーツァルトの時代、「音楽の都」として有名だが、そのオーストリアが1938年3月13日ナチス・ドイツに併合されたことは、私が大好きでベスト1に挙げるミュージカル映画『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)の物語でも有名だ。ナチス・ドイツに抵抗していたトラップ大佐とその家族は、ザルツブルグのファミリー音楽祭で歌った後、無事アメリカに亡命した。しかし、歴史的事実として、オーストリア国民はナチス・ドイツを歓喜の声をもって迎えたことは、本作を観ればよくわかる。
 他方、ナチス・ドイツによる国家的な美術品の強奪は有名で、弁護士登録数年後に読んだ五木寛之の小説『戒厳令の夜』(76年)では、ナチス占領下のパリで奪われた1枚の名画をめぐるダイナミックな物語が面白かった。また、近く鑑賞予定の映画『ミケランジェロ・プロジェクト』(13年)では、ナチス・ドイツに奪われた美術品を奪還するため、1944年7月にフランスのノルマンディに上陸した、芸術の専門家で結成された特殊部隊“モニュメンツ・メン”の活躍が描かれているそうだから楽しみだ。

<クリムトの名画とオーストリアにおけるホロコースト>
 オーストリアのエリザベート通りにある宮殿風のアパートに住む「ブロッホ=バウアー」と称する一家は非常に裕福で、芸術家のパトロンとして有名だったらしい。そこには、画家のクリムト、作曲家のマーラー、作家のシュニッツラー、精神科医のフロイト等々が集まっていたというからすごい。その家の中で、画家のクリムトが若き日の美女アデーレ・バウアー(アンチュ・トラウェ)をモデルに描いた絵が「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ(黄金のアデーレ)」だ。
 他方、ナチス・ドイツによるユダヤ人へのホロコーストは、ドイツ国内や侵攻し征服したポーランド、フランスのみならず、併合したオーストリア国内でも進められ、オーストリアの名家だった若き日のマリア・アルトマン(タチアナ・マズラニー)の両親も、ユダヤ人という理由だけで否応なく収容所へ。そして、ストラディバリウスのチェロや数々の名画を含むブロッホ=バウアー家の財産は、すべて没収。ちなみに、アデーレから姪にあたるマリアに譲られたネックレスは、悪名高きナチス・ドイツの政治家ゲーリングの妻の首を飾ったというからひどいものだ。
 マリアとその夫フリッツ・アルトマン(マックス・アイアンズ)だけは危機一髪、スイスを経由してアメリカへの亡命に成功し、戦争後も生き残ったが、さて「黄金のアデーレ」の絵は一体どこへ?

<「黄金のアデーレ」の返還請求は?審問会の結論は?>
 本作は、アメリカ亡命後、ロサンゼルスで小さなブティックを切り盛りし、夫亡きあとも一人で溌剌と生きていたマリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)が、82歳になった1998年に新米の弁護士ランドル・シェーンベルク(ライアン・レイノルズ)と共に、1943年以降オーストリア国立ベルベデーレ美術館に展示されている「黄金のアデーレ」の返還を求めて活動する姿を描くもの。法が改正されたオーストリアでは、ナチスに没収された美術品の返還を求める過去の訴えについて審問会で再審理が行われるらしい。そう聞いたマリアは、その戦いを続けていた姉ルイーゼの遺志を継いで、新たな戦いに挑む決意をしたわけだ。
 ウィーンでのマリアの戦いを応援したのはオーストリア人のジャーナリスト、フベルトゥス・チェルニン(ダニエル・ブリュール)だが、「政府は国のイメージアップとして返還を持ち出したが、重要な美術品は手放さないはずだ」というのが彼の予想だった。しかし、フベルトゥスの協力を得て、美術館の資料室からアデーレの遺言書を発見したマリアとランドルは、それによって「黄金のアデーレ」の所有権は伯父にあり、マリアと姉に全財産を残すという伯父の遺言だけが法的な効力を持っていると確信し、戦いに挑むことに。ところが、審問会は1999年にまさかの返還却下の決定を下したうえ、文化大臣は「ご不満なら残る道は裁判です」と言い放ったから、マリアが激怒したのは当然。大臣に対して「恥を知りなさい」と一喝したマリアだったが、オーストリアで「黄金のアデーレ」の返還を求める民事訴訟を起こすなら180万ドルという巨額の預託金が必要だと聞かされては、さすがのマリアも以降の戦いはあきらめざるをえないことに・・・。

<「主権免除」とは?法科大学院の教材として最適!>
 この映画は法科大学院の教材として最適!そう思える映画はたくさんあるが、本作もその1本だ。アメリカに住むマリアがオーストリア国立ベルベデーレ美術館に展示されている「黄金のアデーレ」についてマリアの所有権を主張し、オーストリア政府を被告として返還請求の民事訴訟を提起することができるか否かは、国際民事訴訟法の問題。そして、そこには被告が国または下部の行政組織の場合、外国の裁判権から免除されるという「主権免除(国家免除、裁判権免除)」の問題がある。
 主権免除には、絶対免除主義と制限免除主義があり、かつては絶対免除主義が主流だったが、近時は制限免除主義が有力になっている。そして、1972年に欧州評議会が「欧州国家免除条約」を作成し、1976年に米国が「外国主権免除法」を、また、1978年に英国が「国家免除法」を制定するなど、制限免除主義に立った国内法等を整備する国(地域)も現われ、裁判実務も積み重なってきた。他方、日本でも大審院昭和3年12月28日決定が、絶対免除主義をとる判断を下して以来、最高裁判所における判例がない状態が続いていたが、最高裁判所平成18年7月21日第二小法廷判決は制限免除主義を採ることを明言し、大審院の判例を変更した。この制限免除主義の考え方によれば、アメリカに住むマリアがオーストリア政府を被告として、「黄金のアデーレ」の返還を求める民事訴訟をアメリカの裁判所に提起できるはずだ、というのが新米弁護士ランドルの発想だが、さてそんな訴訟を提起した場合、勝訴の見込みは・・・?
 もともと、ランドルがマリアに付き合ってウィーンまで出向いたのは、「黄金のアデーレ」が1億ドルもすると知ったスケベ根性からだったが、審問会の却下決定を受けたマリアが諦めていた訴訟の可能性をランドルがひたすら追求し、「そんな手」を考え出したのはお手柄。しかし、それもやっぱり莫大な報酬をもらえるかもしれないというスケベ根性のため?それとも・・・?
 本作を鑑賞するについては、法科大学院の教材として最適と考えられる「主権免除」の論点と、貧乏弁護士のランドルがなぜここまで頑張ったかについて、じっくり考えてもらいたい。

<本作は結果オーライだが、委任契約はしっかりと!>
 弁護士としての私の目で、本作における依頼者マリアと弁護士ランドルの関係をみると、委任契約書を締結していない、という根本的な問題がある。何事もビジネスライクなアメリカと違って、日本は何事も情緒的だから、私が弁護士登録した当時は、カネのことを事前に契約書に明記しておくのは、はしたないという風潮だった。しかし、近時は委任契約書の締結は絶対とされているうえ、噂によると一般の商売並みに、事前の見積もりで価格競争まで・・・。
 本作に見るマリアはそれなりにリッチそうだから、ウィーンへの旅費、滞在費は最高額が出ているようだし、請求却下とされた審問会の手続でも、報酬はなくともそれなりの慰労金はランドルに支払われたはずだ。本作を見る限り、アメリカでも新米弁護士の生活は厳しそう。いったん独立したがうまくいかなかったランドルは、某大手法律事務所への(仮)就職を喜んでいたから、あまりマリアの事件ばかりに手をかけすぎると問題を起こすのでは・・・?そんな心配をしていると案の定、ウィーンへの出張は「瓢箪から駒」を期待して許されたものの、やはりそれは失敗だったと覚った上司から、「きっぱり、この件から手を引き、事務所の事件をやれ!」と命じられたランドルはどうするの?
 ここで、スンナリ引いたのでは男がすたると考えたランドルは、身重の妻パム・シェーンベルク(ケイティ・ホームズ)にも相談せず、マリアの事件に専念するため「事務所をやめてやる!」と決意。本人はそれでいいかもしれないが、それに対する妻の反応は?さらに、審問会の却下によって、マリアは完全に「黄金のアデーレ」の返還請求を諦めていたから、ランドルの勝手な行動におかんむり。その結果、「もうあなたは解任よ」とまで言われてしまったから、こりゃ弁護士と依頼者の関係として最悪だ。そこでランドルは、「ボクはこの事件をやるため事務所までやめてしまったのに・・・」とマリアに対して怒りをぶつけたが、それは当初から委任契約書をきちんと交わしていない新米弁護士の不手際としか言いようがない。
 もっとも、そんな最悪の展開になったのでは感動的な映画が成立するはずはないから、その後の展開は全然違うものになっていくのだが、ベテラン弁護士の私としては若手弁護士に対して本作は結果オーライだが、委任契約はしっかりと!というアドバイスをしておきたい。

<本作から学ぶ弁護士の弁論術は?>
 弁護士にとっての「法廷の華」は丁々発止のやりとりが注目される証人尋問だが、同時に民事でも刑事でも弁護士にとっては弁論術が大切。書面を重視する日本の民事訴訟では、いわゆる「書き弁」が尊重され、「しゃべり弁」はあまり育たなかった。しかし、裁判員裁判が導入された2009年5月以降は、刑事法廷における弁護士の弁論術の大切さが再確認された。ちなみに、もともと書面よりも法廷での弁論を重視するアメリカでは、弁護士の弁論術は何よりも大切とされている。
 しかして、ジョン・グリシャム原作の『評決のとき』(96年)(『名作映画から学ぶ裁判員制度』48頁参照)や『レインメーカー』(97年)(『名作映画から学ぶ裁判員制度』41頁参照)等々の「法廷モノ」では弁護士の最終弁論がハイライトになるが、それはランドルがオーストリア政府を被告としてアメリカの裁判所に提起した「黄金のアデーレ」の返還を求める民事訴訟でも同じだ。一審、二審と敗訴したにもかかわらず、被告側は強気。しかして、最高裁判所におけるランドルの感動的な最終弁論が登場するので、法科大学院生はもとより、法曹関係者はそれに注目したい。

<最高裁判決後の更なる山は?>
 私は阿倍野再開発訴訟で昭和63年6月24日に画期的な大阪高裁判決を、また平成4年11月26日に画期的な最高裁判決を獲得した。しかし、それは阿倍野再開発事業の事業計画決定の段階で争訟成熟性が認められるため、行政訴訟(処分の取消訴訟)が提起できることが認められただけで、事業計画の内容が違法か否かは、大阪地裁に差し戻して一から審理しなければならなかった。
 しかして、マリアとランドルの場合も、アメリカの最高裁判所で「黄金のアデーレを引き渡せ」と命じる勝訴判決を獲得しても、それが現実に執行できるかどうかは別問題だった。そこで、最高裁判決後の更なる山は、ランドルがウィーンで提起した調停(仲裁?)手続となったから、その帰趨は3名の調停員の判断に委ねられることになった。ここらあたりの法的手続は、安全保障法制や大阪都構想の具体的内容がわかりにくいのと同じように、極めてわかりにくい。したがって、その点についての正確な情報はしばらく横におき、ここでもランドルが調停員に対して語りかける「最終弁論」に注目したい。私の弁護士生活40年の経験によれば、こんな場合は細かい法律論を展開するより、調停員の心に訴えかけた方がベター。それはランドルも同じ考えだったようで、そこでの彼の最終弁論はオーストリア人としての自覚と誇りを問いかけるものだった。しかして、調停員の結論は・・・?
 そして、すべての戦いが終わった後の「黄金のアデーレ」の行方は?そして、マリアの人生とランドルの人生は?それは本作のラストの字幕に表示されるとおりだが、なるほど なるほど・・・。今ドキの法科大学院生や若手弁護士は、「司法の容量が小さすぎる」と嘆く前に、本作のような分野にも弁護士の活躍分野があることをしっかり自覚したい。
                                  2015(平成27)年11月11日記