日15-125

「海難1890」
    

                 2015(平成27)年10月29日鑑賞<梅田ブルク7試写会>

企画・監督:田中光敏
エルトゥールル号編
田村元貞(和歌山県紀伊大島の樫野地区に暮らす医師)/内野聖陽
ムスタファ(エルトゥールル号の海軍機関大尉)/ケナン・エジェ
ハル(田村の助手)/忽那汐里
ベキール(エルトゥールル号の操機長)/アリジャン・ユジェソイ
お雪(紀伊大島の遊郭で一番人気の遊女)/夏川結衣
藤本源太郎(田村の友人の海軍士官)/小澤征悦
信太郎(紀伊大島の漁師)/大東駿介
直一(紀伊大島の漁師、信太郎の幼馴染)/渡部豪太
平次(紀伊大島に住む村人、トメの夫)/徳井優
トメ(紀伊大島に住む女性、平次の妻)/小林綾子
サト(紀伊大島にある遊郭の女将)/かたせ梨乃
工藤(田村を敵視する島の医師)/竹中直人
佐藤(紀伊大島の村長)/笹野高史

テヘラン救出編
ムラト(駐テヘラントルコ大使館の職員)/ケナン・エジェ
春海(日本人学校の教師)/忽那汐里
木村(日本人技術者)/宅間孝行
野村(在イラン日本大使館の大使)/永島敏行
竹下(日本人学校の校長)/螢雪次朗
2015年・日本・トルコ合作映画・132分
配給/東映

<エルトゥールル号遭難事件とは?日本は神風の国?>
 日本は神の国、そして神風の国。そういう伝説が日本人の「確信」になったのは、鎌倉時代中期、北条幕府の時代の「蒙古襲来」によって日本が蒙古の植民地になってしまう危険にさらされたとき、台風の力によって蒙古の軍船がことごとく打ち砕かれたからだ。これが、文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)だが、近時の異常気象による頻繁な台風被害を含め、島国ニッポン(の生活)は台風と切り離すことができない運命にある。
 1890年9月16日未明に和歌山県を襲った台風によって、親善使節団としての役割を終えトルコへの帰路についていたオスマン帝国のエルトゥールル号が、和歌山県樫野崎沖で座礁、水蒸気爆発によって沈没してしまうという大惨事が発生!1890年といえば、明治維新による富国強兵策が進んでいる時代とはいえ、日本は日清戦争(1894~95年)直前のまだまだ脆弱で貧乏な時代。そんな時代に和歌山県の紀伊大島という小さな島民たちが総出で漂流者の救出活動を行ったことで有名になったのがエルトゥールル号遭難事件だが、それは一体どういうお話?

<そのお話についての、日本とトルコの認識度は?>
 トルコでは、そんなお話が小学校5年生の教科書に載っていることもあってエルトゥールル号事件のことを多くの国民が知っており、そのため日本人に対して極めて友好的らしいが、さて歴史教育に疎い今ドキの日本人は・・・?
 近時政情不安定になっているトルコでは、11月1日に実施された総選挙(再選挙)で、事前の苦戦予想を覆して与党が単独過半数を大幅に上回る議席を獲得して圧勝した。しかし、その直前の10月10日には首都アンカラで自爆テロが発生し、トルコ史上最悪の死傷者を出した。総選挙での与党の圧勝は、結局相次ぐテロや経済停滞に直面する中で、有権者は単独与党による「安定」を選択したというわけだ。そんなトルコという国は、もともと多くの日本人にとって地理的に遠く、関心も薄い国だ。しかし、2015年の今年は、和歌山県串本町と駐日トルコ共和国大使館が「日本トルコ友好125周年記念事業」を主催しているうえ、そんなタイミングにあわせて、日本・トルコ合作映画として本作が公開されたから、トルコを身近に感じるとともに、エルトゥールル号遭難事件のお勉強をしっかりと。そしてまた、あらためて日本は神の国、神風の国(=台風の国)であるという認識を・・・。

<感動的だが、どこまでホント?そんな疑問も・・・。>
 本作の「エルトゥールル号編」に出演する日本人は、一方ではこんな小さな島で貧しい島民たちを診察することに喜びを見出しながら、他方では、なぜか英語も自由にしゃべることができる医師・田村元貞(内野聖陽)や、村長の佐藤(笹野高史)をはじめとして善人ばかり。唯一の例外は、「ワシは金をもらわなければ治療はしない」と公言して、島民たちが総出で救出活動に従事していても、それを無視している医師・工藤(竹中直人)だけだ。その彼も、ある時点からは、田村や田村の助手のハル(忽那汐里)に協力することに・・・。さらに、あんな小さな島になぜあんな立派な遊郭があるのか不思議だが、そこで一番人気の遊女・お雪(夏川結衣)までが、冷え切ったトルコ軍人たちの身体を温めるため文字どおり素っ裸になって奮闘するから、その献身ぶりはすごい。
 戦後70年を迎え、平和で豊かになった日本では、今や公共心の喪失は著しく、電車の中で座席を譲る若者も少なくなったが、1890年当時の紀伊大島の島民たちの公共心や献身ぶりには驚く他ない。ストーリーの中では、自分たちの食べる食料すら乏しいのに、それをトルコ人に分け与えることを島民たちの意思で決定する姿や、1日漁に出なければたちまち食うに困る実情にもかかわらず、男たちが漁を休んでトルコ人たちの世話をする姿が描かれるから、感動的なシーンのテンコ盛りだ。満席の試写会で私の隣に座っていた2人連れのおばさんは、途中から大きな嗚咽を漏らしながらスクリーンを見ていたから、田中光敏監督が狙った日本人の善意、真心の強調という演出は大成功だったのだろう。
 しかし、田村医師や佐藤村長の指揮があったとはいえ、島民全体がボランティアの域をはるかに越えて、ここまで自己犠牲を伴う献身的な行動をとったというのは、どこまでホント?感動的なストーリーであることは確かだが、何ゴトにも疑い深い私にはそんな疑問も・・・。

<なぜ日本に来航?なぜ台風の季節に帰国?>
 本作は、『海難1890』というタイトルだが、実は1890年に起きたエルトゥールル号遭難事件と、1985年に起きたテヘラン邦人救出劇という2つの「史実」をあわせて描くことにより、日本とトルコの友好とその真心の歴史を抽出したもの。したがって、「エルトゥールル号編」では、なぜ親善訪問訪日使節団としてエルトゥールル号が1889年7月14日にトルコを出港し、その任務を果たした後、なぜ翌1890年9月16日という台風の季節に帰路についたのかについて、字幕での説明はされるものの、その歴史的な背景、問題点については何の説明もない。
 当時のトルコは、オスマン帝国と呼ばれた大国。「エルトゥールル号編」のトルコ人の主人公は海軍機関大尉のムスタファ(ケナン・エジェ)だが、ムスタファがエルトゥールル号に乗り込んで日本に向かう際に父親と交わす会話を聞いていると、出航すること自体が生死をかけた大冒険だということがよくわかる。また、エルトゥールル号は三本マストの木造の帆船だが、立派なフリゲート艦(軍艦)。しかし、ムスタファの部下でエルトゥールル号の操機長であるベキール(アリジャン・ユジェソイ)が「おばさん」と呼んでいるその機関を見ていると、かなりの老朽艦(実は1864年建造)であることがわかる。このように、もともとエルトゥールル号の消耗ぶり、老朽ぶりは、遠洋航海に耐えられないほどに達していたわけだ。また、多くの乗組員が日本でコレラに見舞われたため、帰路が大幅に遅れたことだけは映画の中で説明されるが、台風の時期をやり過ごすようにとの日本政府の勧告を振り切って帰路についたのは、日本に留まりつづけることでオスマン帝国海軍の弱体化を流布されることを危惧したためと言われている。
 ちなみに、本作には田村の友人である海軍士官の藤本源太郎(小澤征悦)が登場するが、彼の役割はトルコ人の生存者を神戸の大きな病院に搬送するための船の手配や、最終的にトルコへの帰国の援助等を海軍軍人の一人として行うことだが、その描き方はいわば付録になっている。エルトゥールル号の事件直後の、日清戦争(1894~95年)、日露戦争(1904~05年)を控えて、海軍力を増強していた明治政府はこのとき、日本海軍のコルベット艦「比叡」と「金剛」に生存者を分乗させて1891年1月2日にトルコまで送り届けたが、これは両国の友好を示すだけではなく、同時に日本の海軍力の優秀さを世界に見せつける目的があったことは明らかだ。ちなみに、その2隻には秋山真之ら海兵17期生が少尉候補生として乗り組んでいたことについては、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を参照してもらいたい。

<テヘラン邦人救出劇とは?>
 エルトゥールル号遭難事件から95年後に起きたのが、テヘラン邦人救出劇。日本は戦後70年間平和を享受してきたが、その間、朝鮮戦争(1950~53年)、ベトナム戦争(1960~75年)、イラン・イラク戦争(1980~88年)、アフガニスタン紛争(2001年~)、イラク戦争(2003~11年)等々、世界は常に戦争と共にあった。
 テヘラン邦人救出劇は、イラン・イラク戦争時にイラクのサダム・フセイン大統領が48時間後にイラン上空を飛行するすべての飛行機を無差別攻撃すると宣言する中、イラン在住の多くの日本人が日本への帰路を断たれたところ、トルコが旅客機をチャーターし、自国民よりも日本人を優先してテヘランから脱出させたというお話!
 そのため、本作の「テヘラン救出編」の主人公となる、日本人学校教師の春海(忽那汐里)を含む大勢の日本人が、いわばテヘランに置き去りにされてしまったわけだが、それを知っている日本人は少ないはずだ。したがって、エルトゥールル号遭難事件は日本とトルコを結ぶ美談として語り継がれるべき物語だが、テヘラン救出劇はいわば戦後70年間の平和ボケした日本人が反省すべき事件として語り継がれるべき物語だ。

<なぜ日本人は置き去りに?邦人の保護・救出法制は?>
 フセイン大統領がハチャメチャな宣言をする中、世界各国は軍用機や旅客機を派遣して、イラン在住の自国民をイランのメヘラーバード国際空港から救出したのに、なぜ日本だけは自衛隊機や日航などの民間機が救出に向かわなかったの?
 それは、日航は「イランとイラクによる航行安全の保証がされない限り、テヘランのメヘラーバード国際空港行きへの臨時便は出さない」とした単純な理由だが、自衛隊機が救出に向かわなかった(正確には向かえなかった)のは、当時の自衛隊法を中心とする、邦人の保護・救出に関する法制度に不備(大きな欠陥)があったためだ。後述のとおり、今年最大のニュースになった安全保障法制の成立については、山田洋次監督や吉永小百合をはじめ多くの映画監督や俳優たちが「戦争法案反対!」「憲法9条を守れ!」との主張を展開したが、さて田中光敏監督はテヘラン救出編を描くについて、邦人の保護救出に関する法制度をどう理解・分析しているの?
 テヘラン編には在イラン日本大使館大使・野村(永島敏行)が登場しているのだから、日本人学校の教師・春海からの「日本人だけは救出されないということですか?」との率直かつ当然の質問に無言を貫くのではなく、率直に自分の考えを述べてほしかったものだ。そう思うのは、10月16日に唐沢寿明が主演した『杉原千畝 スギハラチウネ』(15年)を観たためかもしれないが、現実にこんな事件が起きた場合に、現地の外交官が大きな声を上げて政府を批判しないでどうするの?

<自衛隊法や安全保障法制のお勉強をしっかりと!>
 弁護士としてその点を少し詳しく解説すれば、次のとおりだ。
(1)自衛隊の出動は①防衛出動、②治安出動、③災害派遣、④海上における警備活動等に限られている。
(2)一般的には、自国民の保護・救出のために自衛権の行使によって軍隊を派遣することは①在外自国民の生命・財産に関する回復不能の侵害が生じる急迫の危険があること、②現地政府がその保護を欠き、その能力もないこと、③本国による介入措置が、厳格に自国民保護の目的に限定されていること、を要件として、国際慣習法上容認されている。
(3)しかし、在外邦人の生命・財産に対する侵害・危険は、わが国に対する武力攻撃にあたらないため、在外邦人の保護・救出のために武力行使を行うことは、国際法上の当否は別として、わが国憲法上は、自衛権の行使としては許されない(1973年9月13日、法制局長官)
(4)わが国では、在外邦人の保護・救出に関して国会での十分な議論がなされず、イラン・イラク戦争、ベトナムのカンボジア侵攻、中東戦争等のたびに、「邦人救出」に関する議論は十分なされなかった。
(5)しかし、1990年の湾岸戦争の危機感からやっと現実的な検討がなされ、1992年の国際平和協力法と国際緊急援助隊法の成立と並行して、1994年には在外邦人等の輸送を規定する自衛隊法100条の8が追加された。
(6)その後の改正によって、その規定は現在、自衛隊法84条の3になっており、その第1項は「防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送において予想される危険及びこれを避けるための方策について外務大臣と協議し、当該輸送を安全に実施することができると認めるときは、当該邦人の輸送を行うことができる。」となっている。
 ちなみに、今年は、5月から9月まで衆参両院で異例の長期審議がなされる中、集団的自衛権の一部を容認する安全保障法制が成立した。これは、前述の邦人救出に関する議論と同じように、従来国会で十分な議論がなされていなかった集団的自衛権の行使についてしっかり定めた重要な法律だから、これを「戦争法案」などと一方的に非難するのではなく、膨大なその内容のお勉強をしっかりと!

<こちらも感動的だが、どこまでホント?>
 テヘラン邦人救出劇編では、イラン在住の日本人を日本に送り返すためトルコの救援機を出してくれ、という何とも虫のいい野村の提案を、トルコのクルド首相が即座に受け入れるシークエンエスが登場する。国家(政府)は自国民の生命と安全を守るために存在するのだから、他国民のそれと自国民のそれを天秤にかけた場合、自国民のそれを優先するのが当然だから、その場にいた閣僚たちが野村の提案に反対したのは当然。しかるに、クルド首相がそれをOKしたのは、シリアに取り残されている自国民(トルコ人)には空路ではなく陸路で脱出するという代替方法があるためだが、そんなリスクを首相の独断で自国民に強いてホントにいいの?政治は友情や友好だけで成り立つものではないから、私にはそんな疑問がある。
 また、メヘラーバード国際空港では一刻も早くシリアから脱出するべく多くのトルコ人が順番待ちをしていたのは当然。やっと空港にたどり着いた春海や日本人技術者である木村(宅間孝行)たちがこの風景を見て日本への帰国をほとんどあきらめたのは当然だが、本作ではここでも駐テヘラントルコ大使館の職員であるムラト(ケナン・エジェ)の演説がハイライトとなる。チャップリンの『独裁者』(40年)では、チャップリン扮するヒンケルのラスト6分間の演説が今日まで語り継がれる名シーンになっているが、ムラトの演説は具体的にエルトゥールル号事件の説明は持ち出さないまでも、かつてのトルコ人が日本で受けた友情と真心を語るものだった。ムラトの演説に当初は猛反発していたトルコ人たちも、その演説を聞き終わる頃には完全に心が変わり、全員が搭乗の権利を日本人に譲ることに。
 たしかにこれは感動的なシーンだし、言葉による説得が機能することを示す、映画として重要なシーンだが、さてこれもどこまでホント?疑い深い私はここでもそんな疑問が・・・。もっとも、このシーンでも隣の席のおばさんは大号泣だったから、これを見れば田中光敏監督の狙いは大成功・・・。

<本作の大ヒットと大きな話題提供を期待!>
 日本の外務省後援、トルコ政府全面協力という、両国の国家的支援を得て製作された本作の公開は12月5日。製作費も膨大だが、文化庁の助成がついているらしい。戦後70年の今年、夏の日本映画の話題は『日本のいちばん長い日』だったが、冬には本作のような2つの史実をつないだ感動的な映画が話題になればすばらしい。
 中学、高校の科目の中に「道徳」を入れるかどうか?入れるとしてその教える内容をどうするかは、価値観が多様化している昨今きわめて難しい。今更、二宮金次郎のお話を道徳で教えても、誰も耳を傾けないはずだ。しかし、映画は視覚のみならず観客の五感すべてにアピールする芸術だから、トコトン人間の善意を信頼しそれが報われることを描いた本作のような映画は、まさに道徳の教科書としてベスト。日本人には私のような疑い深い人間は少ないだろうから、隣席のおばさんたちのように、本作が描く人間の友情と善意に素直に反応し、感動できればそれはそれですばらしいことだ。私としては、本作の大ヒットと大きな話題提供を大いに期待したい。
                                  2015(平成27)年11月4日記