日15-116

「罪の余白」
    

              2015(平成27)年10月17日鑑賞<TOHOシネマズ西宮OS>

監督:大塚祐吉
原作:芹沢央『罪の余白』(角川文庫刊)
安藤聡(娘の死を受け入れられずにいる行動心理学者の男性)/内野聖陽
木場咲(校内カーストの頂点に立つ美少女)/吉本美憂
小沢早苗(安藤の同僚)/谷村美月
笹川七緒(咲を警戒しているクラスメート)/葵わかな
新海真帆(咲に心酔しているクラスメート)/宇野愛海
安藤加奈(高校のベランダから転落死した聡の娘)/吉田美佳子
西崎真(学年主任)/堀部圭亮
宮崎知良(大学学部長)/利重剛
高山満(大手芸能マネージャー)/加藤雅也
2015年・日本映画・120分
配給/ファントム・フィルム

<『火花』より、こちらの方がよほど面白い!>
 今年2015年も村上春樹のノーベル文学賞の受賞はならなかったが、今年はお笑い芸人の又吉直樹が書いた『火花』が第153回芥川賞を受賞したことに日本中の話題が集中。『火花』は芥川賞受賞作品として歴代最多の累計209万部を突破するという偉業を成し遂げた。そんな作品はやっぱり読んでおかなくてはと考えて、丸一日集中して読んだが、残念ながら私には期待外れだった。
 大学に入学した1967年に友人からの刺激を受けて読んだ、柴田翔の第51回芥川賞受賞作『されどわれらが日々』には大きな衝撃を受けたが、『火花』では全然そういった衝撃はなかったわけだ。もっとも、これは作品の出来・不出来の問題なのか、それとも私の感性が劣化したためなのかはわからない。しかし、本日観た『罪の余白』の原作が、1984年生まれの女性作家・芦沢央の第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞したデビュー作だと聞くと、こちらのほうがよほど上ではないかと思ってしまったが・・・。

<スクールカーストとは?その邪悪な策略とは?>
 私は名門女子高の中に存在する「スクールカースト」という言葉を本作ではじめて知り、また本作でスクールカーストの頂点に立つ美少女・木場咲を演じる吉本実憂の顔と名前をはじめて知ったが、咲のキャラは凄い。本作は娘を亡くした行動心理学者の父親・安藤聡VS命をもてあそぶ邪悪な女子高生・咲の対決がテーマだが、本作を観ればわかるように、「心理を研究する者」安藤よりも、「心理を操る者」咲のほうが、何かにつけてよほど達者だ。
 私の年齢では安藤の心理に共感したり反発したりしながら寄り添うべきが当然だが、私には意外と単純で短絡的かつ閉鎖的な社会に住む学者・安藤の心理より、自由奔放な発想力とあくまで自分で運命を切り開いていく意欲と能力に満ちた咲の心理の方によほど興味がある。アホバカ大学生ばかりが繁殖している今どきの日本で、名門女子高の中にこんな魅力的なスクールカーストの頂点に君臨する美少女がいたことに驚くとともに、冒頭から展開される咲の邪悪な策略に興味津々・・・。

<加奈の死亡は自殺?事故?それとも・・・?>
 宮部みゆきの全三巻にわたる長編小説を成島出監督が映画化した『ソロモンの偽証 前篇・事件』(15年)、『ソロモンの偽証 後篇・裁判』(15年)は、クリスマスの朝、雪の校庭で転落死した男子中学生が発見されるところからストーリーが始まった。それと同じように本作でも、咲に心酔しているクラスメートの新海真帆(宇野愛海)の言葉にそそのかされるかのように、加奈は一人ふらふらと教室のベランダの手すりに上ったかと思うと、たちまちバランスを失って転落。大学で「ダブルバインド」という(くだらない) 講義をしていた加奈の父親・安藤は、その報告を聞いて病院にかけつけたが、治療の甲斐なく加奈は死亡。これは自殺?事故?それとも・・・?
 『ソロモンの偽証 前篇・事件』『ソロモンの偽証 後篇・裁判』は登場人物も多く、「校内裁判」で真実を追究していくストーリーも複雑・難解だったが、本作は加奈に対する咲のさまざまなささやきに沿って加奈は動いているから、仕掛けは単純。しかし、咲はなぜ加奈に対してあのような言葉を投げつけたの?加奈のクラスの中には、どのグループにも属さない敬虔なキリスト教信者のクラスメート・笹川七緒(葵わかな)がいたが、咲が七緒の名前を語って安藤の自宅に赴き、加奈の日記のことに言及したところから、本作中盤のストーリーが展開していくことに・・・。

<安藤の気持ちはわかるがこの暴走ぶりはいかがなもの?>
 男は派閥を作って群がる動物だが、それは社会的な活動や営利的活動を行う中で生まれるもの。それに対して女子高の中で女子高生たちがさまざまなグループを作ってそこに群れるのは一体なぜ?やっと開くことができたパソコン内にあった加奈の日記を読むと、そこには咲からの陰湿な「いじめ」の実態(?)が生々しく書かれていたから、安藤はビックリ。なるほど、女子高内部でのグループ同士の葛藤や、グループ内部の一人一人の葛藤はすさまじいものだ。しかし、スクールカーストの頂点に立つ咲から冷たくされたくらいで、加奈は本当にベランダからの転落死を選べるの?
 自殺と事故の2つの線で捜査を続けていた警察は、結局事故という結論に至ったが、咲の動きを見た安藤がそれに納得できないのは当然。そこで安藤は自ら女子高に張り込んで咲から直接事情聴取するという行動に出たが、これはいかがなもの。咲の邪悪な策動によって娘を失ったと考える安藤の悔しい気持ちはわかるが、これは弁護士の私の目から見れば、大学教授とも思えない常軌を逸した行動だ。しかし、閉鎖社会に生きている安藤には、どうもそれすらわからないらしい。
 安藤の同僚の小沢早苗(谷村美月)の押しかけ女房的な安藤への尽くし方(?)がかなりヘンなら、安藤の行動もかなりヘン。もっとも、安保法制にこぞって反対を唱えた憲法学者のレベルだってあの程度なのだから、今ドキの大学の心理学者のレベルがこの程度なのは仕方ない。しかし、これでは巧みに人の心理を操る咲との議論にも勝てないし、現実の行動においても咲の挑発によって咲への傷害事件を発生させてしまう等、安藤はどんどん追いつめられていくことに・・・。

<咲の夢は?咲の実力は・・・?>
 本作では、咲が秘かに女優を目指していることが、咲に心酔しているクラスメートである真帆にのみ語られる。そして本作には、女優志望の夢を持つ咲がまちの中でスカウトマンからスカウトされ、そのまま大手芸能事務所のマネージャー高山満(加藤雅也)と面接するシーンが登場するが、これは原作にはない映画だけのオリジナルシーンらしい。
 本作では、女子高の中でスクールカーストの頂点に君臨し、安藤に対しても小沢に対しても圧倒的に優位な立場で高飛車的に対応している咲の姿が際立っている。行動心理学者として「ダブルバインド」について講義している安藤の姿は自信満々だが、そんな安藤も咲の前に立つと、まるで子供・・・?また、「あの子が加奈ちゃんを追い詰めたんだと思います」などとごく当たり前の分析と表現しかできない小沢は、咲からボロカスに言われても何の反論もできないほどコテンパン状態の体たらくだ。大阪維新の会を率いて一世を風靡した弁護士出身の橋下徹氏は再三その過激な発言が問題視されたが、それでも物事の本質をズバリと斬る特有のモノ言いは人気を呼び、大阪府市民の拍手喝采を浴びたが、本作を見ていると、咲の(言葉の)魅力もそれと同じだ。安藤から「加奈の死はお前のせいだ」と言われても、咲がそれを認めないのは当然。私が見る限り、安藤VS咲、小沢VS咲の議論は圧倒的に咲の勝ちだと言わざるをえない。
 そんな咲だが、女優を目指しているという本音の部分での彼女の実力の程は?大手芸能事務所のマネージャーとして百戦錬磨の戦いを切り抜けてきた高山から「きみぐらいのルックスの子は、この業界には腐るほどいる」と露骨に言われてみると、さて咲の対応は・・・?

<闘魚ベタをはじめて見たが、そのココロは・・・?>
 本作のパンフレットには、映画ライター・皆川ちか氏のコラムがある。そこでは、一見正反対の立場にあると思える安藤と咲が、実はふたりとも「自分の属する世界しか知らない。外界を知らない」種類の人間であると分析されていて面白い。ちなみに、本作の冒頭に登場する「闘魚ベタ」という、観賞用の熱帯魚を私ははじめて知ったが、その闘魚ベタはオス同士を同じ水槽に入れると、激しく争う性質をもっているらしい。本作にはそんな闘魚ベタが随所に登場し、「向き合ったあとの展開が交尾に至る円舞になるか、生死を分かつ血みどろの乱舞になるか」と書かれている原作を象徴するシーンが登場するのでそれに注目!
 しかして、皆川ちか氏のコラムのタイトルは「円舞になるか、乱舞になるか」だから、このコラムはよくできている。さあ、トコトン対立し、最後にはあっと驚く安藤の自宅のベランダからの転落シーンまで登場する、安藤と咲との関係はさて円舞?それとも乱舞?
                                  2015(平成27)年10月21日記