日15-114

「杉原千畝 スギハラチウネ」
    

                      2015(平成27)年10月16日鑑賞<東宝試写室>

監督:チェリン・グラック
杉原千畝(外交官)/唐沢寿明
杉原幸子(千畝の妻)/小雪
大島浩(駐ドイツ日本大使)/小日向文世
南川欽吾(関東軍将校)/塚本高史
大迫辰雄(JTB社員。「天草丸」の乗務員)/濱田岳
根井三郎(在ウラジオストク総領事代理)/二階堂智
菊池静男(外務省に出入りする保険外交員。幸子の兄。)/板尾創路
関満一朗(外務省の官僚。千畝の上司)/滝藤賢一
大橋忠一(満州国外交部次長)/石橋凌
ペシュ(千畝の右腕)/ボリス・シッツ
イリーナ(千畝に協力する白系ロシア人の女性)/アグニェシュカ・グロホフスカ
ニシェリ(ユダヤ難民のリーダー的存在)/ミハウ・ジュラフスキ
グッジェ(在カウナス日本領事館職員。ドイツ系リトアニア人)/ツェザリ・ウカシェヴィチ
ユダヤ人母(ユダヤ難民の女性)/アンナ・グリチェヴィチ
ガノール社長(ユダヤ人経営者)/ズビグニェフ・ザマホフスキ
ローゼンタール(ユダヤ人)/アンジェイ・ブルメンフェルド
ヤン・ズヴァルテンディク(オランダ・フィリップス社のリトアニア支社長)/ヴァナンティ・ノスル
マラット(満州での千畝の諜報活動の相棒)/マチェイ・ザコシチェルニ
2015年・日本映画・139分
配給/東宝

<「戦後70年特別企画」の実現に拍手!>
 2015(平成27)年は、「戦後70年」という特別の年になった。そんな2015年の最大のニュースは、政治的には「一強多弱」体制の下、安倍晋三政権による安全保障関連法案の成立だが、民主党を中心とする反対勢力と朝日新聞を中心とする反安倍マスコミはこれを「戦争法案」と呼び、徹底抗戦の論陣を張った。そのことの是非は日本人1人1人がしっかり考えなければならないが、都市問題に加えて災害法制をライフワークにしている弁護士の私は、まずその内容をしっかり理解することが何よりも大切だと考えている。しかし、残念ながら日本人はそれが全然できておらず、情緒的な賛成!反対!をくり返しているだけだ。
 他方、戦後70年の映画の企画としては、「あらためて8.15を考える」企画として実現した『日本のいちばん長い日』(15年)の公開がすばらしいものだった。そのインパクト性は三船敏郎が主演した『日本のいちばん長い日』(67年版)には及ばないものの、「終戦記念日」を考える良ききっかけになったはずだ。同作の公開は2015年夏だったが、2015年冬の12月5日から公開されるのが、『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』(11年)(『シネマルーム26』未掲載)の制作チームが「戦後70年特別企画」として2012年頃から立ち上げたプロジェクトで、日本に実在した外交官「杉原千畝」の半生に焦点をあてた本作だ。そんな杉原千畝に焦点をあてた本作のプロジェクトと「戦後70年特別企画」の実現に拍手!

<国際色の豊かさに注目!島国ニッポンからの脱却を!>
 本作の監督は『ローレライ』(05年)(『シネマルーム7』51頁参照)や『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』でUSユニットの監督をつとめた、アメリカ人の父と日系アメリカ人の母の長男として和歌山県に生まれたチェリン・グラック。杉原千畝を演じるのは唐沢寿明。その妻・幸子を演じるのは小雪だが、杉原の半生を描くについてその舞台は当然日本ではなく世界となる。したがって、本作はポーランドでオールロケされるとともに、共演者も杉原の諜報活動を支える右腕的存在となるペシュにボリス・シッツ、杉原の満州国外交部在籍時に、ソ連の機密情報を収集するため、杉原の諜報活動に協力していた白系ロシア人の女性イリーナにアグニェシュカ・グロホフスカ等がキャスティングされているから国際色豊かだ。
 私は婁燁(ロウ・イエ)監督の『パープル・バタフライ(紫胡蝶/PURPLE BUTTERFLY)』(03年)(『シネマルーム17』220頁参照)という中国映画が大好きで、何度もDVDで見直しているが、同作も仲村トオルが章子怡(チャン・ツィイー)や李冰冰(リー・ビンビン)らと共演している国際色豊かで興味深い映画だ。『パープル・バタフライ』では仲村トオルは流暢な中国語をしゃべっていたが、本作では唐沢寿明が流暢な英語はもちろん、ロシア語、ドイツ語、フランス語など数か国語を自由に操ったという実話に沿って、時々ドイツ語やロシア語もしゃべっているから、それに注目!内向きニッポンの風潮が強まっている昨今、本作の誕生を契機として、島国ニッポンからの脱却を!

<外交官の仕事とは?「インテリジェンス・オフィサー」とは?>
 外交官の仕事は会議やパーティーに出席したり、ビザ発給等の実務を行うだけではなく、とりわけ国際情勢が風雲急を告げているときは情報収集ないし諜報活動が重要になる。諜報活動の本職はスパイで、その代表格はイギリスのMI5(保安局)やアメリカのCIA(中央情報局)やFBI(アメリカ合衆国連邦捜査局)だが、外交官にも「スパイもどき」の活動が要求されるのは当然。外交官の本来の仕事は国を代表して外国との問題解決や外国に滞在する自国民の保護や支援を行うことだが、そのための情報収集ないし諜報活動に携わる外交官のことをインテリジェンス・オフィサーと呼ぶらしい。
 それはそれでわかるが、本作冒頭のシークエンスで描かれる、千畝が担当した「北満鉄道譲渡交渉」の成功によって、千畝はソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ」と呼ばれたそうだ。「ペルソナ・ノン・グラータ」とは外交用語の1つで、ラテン語の直訳で「好ましからざる人物」の意から転じて、「歓迎されざる人物」という意味。千畝は満州国外交部を辞任後の1937年、在モスクワ日本大使館赴任予定だったが、ソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ」とみなされて入国を拒否されたため、日本政府は国際慣例上先例なきことと抗議するも実らず、千畝は「ペルソナ・ノン・グラータ」に指定された日本で初めての外交官になったというから、すごい。

<なぜ千畝は「ペルソナ・ノン・グラータ」と呼ばれたの?>
 杉原千畝が「シンドラーのリスト」と呼ばれる功績を残したことは私もよく知っていたが、彼がソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ」と呼ばれていたことは、本作を鑑賞してはじめて知ることができた。織田裕二が主演した『T.R.Y』(03年)(『シネマルーム2』217頁参照)や亀梨和也と伊勢谷友介が共演した『JOKER GAME』(14年)(『シネマルーム35』未掲載)はあくまで架空の「スパイものエンタメ」だった。しかし、日露戦争時にロシア帝国公使館付陸軍武官として、首都サンクトペテルブルグのロシア公使館に着任した明石元二郎が行った諜報活動は、まさにホンモノ。もっとも、司馬遼太郎が『坂の上の雲』で描いたストーリーがすべて真実かどうかは疑問があるらしいが、まさに明石元二郎は「インテリジェンス・オフィサー」としてすばらしい実績を残した外交官だ。
 すると、時代こそ違っても、千畝がソ連から「ペルソナ・ノン・グラータ」に指定されたのはすごいこと。千畝がそのままインテリジェンス・オフィサーとしての能力を発揮すれば、彼はその後も外交官としての立身出世ができたはずだ。ところで千畝は、「独ソ開戦必至」という情報を、ドイツと同盟を結ぶことが日本の将来を保証すると信じている駐ドイツ日本大使の上司・大島浩(小日向文世)に伝え、日米開戦に直結する日独伊三国同盟の締結に反対したため、残念ながらその道は断たれることに。
 本作に描かれる千畝の外交官としての確かな情報収集能力と、大島ですら「君の予測は常に正しい」と舌をまいた分析力は、戦後70年の今こそ、しっかり検証する必要がある。

<オスカー・シンドラーとは?>
 スティーブン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(93年)は、1994年の第66回アカデミー賞で12部門にノミネートされ、そのうち作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、作品賞の7部門を受賞した名作だ。そのタイトルになっているシンドラーとは、ドイツ人実業家オスカー・シンドラーのことだ。
 彼は第二次世界大戦時にナチス・ドイツによるユダヤ人の組織的大量虐殺(ホロコースト)が東欧のドイツ占領地で進む中、1100人以上ものポーランド系ユダヤ人を自身が経営する軍需工場に必要な生産力だという名目で絶滅収容所送りを阻止し、その命を救った人物として世界的に有名になった。そして、同作はホロコーストに関する映画の代表的作品となった。しかして、本作が描いた千畝が「日本のシンドラー」と呼ばれたのは一体なぜ?

<なぜ千畝は「日本のシンドラー」と呼ばれたの?>
 それは、在モスクワ日本大使館赴任を拒否された千畝が1939~40年にかけてリトアニアにある在カウナス日本領事館領事代理として勤務していたときに、ドイツ占領下のポーランドから、リトアニアに逃れてきたユダヤ人に対して合計2139枚の日本を通過するビザ(命のビザ)を発給したためだ。ビザの発給要件等についての詳しい知識は本作を観て勉強してもらいたいが、本作最大のポイントは、外交官としてあくまでマニュアルどおり(つまり本国の指示どおり)の発給業務をやる(にとどまる)のか、それとも、現場でのユダヤ人の命を救う可能性を追求するため、多少の違法やインチキはわかりつつ強引にビザの発給をするのかということだ。
 ビザの発給作業自体は、千畝の権限として持っている公用印を押し、サインをするだけだが、その決断はメチャクチャ重い。本作に登場する千畝の妻・幸子(小雪)はあくまで控えめな演技で千畝の生き方を支えているが、千畝の苦悩のサマを見守る中でその決断を受け入れる姿は、やはり感動的。苦悩の末に千畝の右腕的存在であるペシュが、待ち受けている多くのユダヤ人に対して「これからビザの発給を開始します」と宣言した時には、思わず大粒の涙が・・・。これは、そんな大それた行為をすることのリスクを、千畝のみならず幸子も受け入れたからこその決断だということがよくわかるからだ。各種各層の人間に与えられた「権限」をどのように使うかは、最終的にその人間の人間性によるものだということを、本作のそんな感動的なシーンを観てあらためて痛感!

<こんな先輩に注目!>
 本作のプレスシートには、「映画『杉原千畝 スギハラチウネ』の理解をもっと深めるための解説」があり、そこには①「インテリジェンス・オフィサー」とは?②「ペルソナ・ノン・グラータ」とは?③千畝が成功させた「北満鉄道譲渡交渉」とは?の他、④「独ソ不可侵条約」とは?や⑤千畝がつかんだ情報、「独ソ開戦」について、そして⑥イリーナのような「白系ロシア人」とは?等々の解説がある。また、千畝が「命のビザ」を発給する決断をするについて、大いに参考例になった⑦オランダ領事代理のヤンが発給したビザについての解説もある。
 既にナチス・ドイツの占領下にあったオランダではビザの発行は不可能であったため、ヤンが思いついた妙案(抜け道?)は、「オランダの植民地・カリブ海のキュラソー島であれば、ビザがなくても渡航できる」という旨を記した証明書を発行するというものだ。これは、書類としての効力はないが、少なくとも避難民たちに形式上の行き先を与え、リトアニア脱出の口実となった。そこで難民たちが次に必要としたのは、経由国の追加ビザだった。つまり、千畝が発給した「命のビザ」は、日本を経由して他国に行くことを許可する「追加ビザ」だ。本作にはそんな千畝の「先輩」の勇気ある姿が描かれているので、それにも注目!

<こんな同窓生にも注目!人間ってホントにいいもの!>
 さらに本作には、千畝がハルピン学院で共にロシア語を学んだ同窓生で、今は在ウラジオストク総領事代理をしている外交官・根井三郎(二階堂智)の苦悩と決断の姿も描かれる。根井が完全に定員オーバーとなるユダヤ人難民たちを、ウラジオストク~敦賀の定期連絡船「天草丸」に乗り込ませる決断を下すについて参考にしたのが、JTB社員で、「天草丸」の乗務員・大迫辰雄(濱田岳)の意見。根井も大迫も千畝と同じように、それぞれ自己の与えられた職分と権限の中でリスクを省みず、人間として最善の決断を下したわけだ。
 本作は「北満鉄道譲渡交渉」で千畝に協力しながら最後には千畝を裏切る、「男子たるもの戦わねば」という信条を持ち、目的のためなら手段を選ばない関東軍の軍人・南川欽吾(塚本高史)だけが「悪玉」として描かれている。つまり、その他の日本人はすべて「善玉」として登場しているから、その点に少し甘さがあるが、それでも2時間19分の大作だった本作を観れば、「人間ってホントにいいものだ」という気持ちに浸ることができる。

<感動の再会と善意を信じる演出に拍手!>
 千畝が発行したユダヤ難民へのビザは2139枚。その家族や子供たちの数を考えれば、彼の「命のビザ」によって救われたユダヤ難民の数は少なくとも6000人にのぼると言われている。しかして、本作冒頭には、戦争終結後、命の恩人である「センポ」を捜して外務省を訪れてきたニシェリ(ミハウ・ジュラフスキ)の姿が登場する。リトアニアのカウナスに逃れてきたユダヤ難民のリーダー的存在で、各国の領事館に対してビザ発給を交渉したニシェリに対して、千畝の上司にあたる外務省の官僚・関満一朗(滝藤賢一)は、「センポ」などという外交官は存在しないと突き放したのは仕方ない。しかし、本作ラストには、外務省をやめ、モスクワで一民間企業の社員として働いている「センポ」を、ニシェリがやっと捜し当てる感動的なシーンが登場する。1940年という激動の時代のリトアニアで、「命のビザ」の発行を通じてつながったミシェリの千畝に対する感謝を直接伝えたいという思いが、この再会によってやっと実現できたわけだ。
 歴史上の人物の半世紀を描く映画が「伝記的」になるのはいかがなもの、という意見があるのは仕方ないが、私は人間の善意を信じる演出に徹した本作に拍手を送りたい。
                                  2015(平成27)年10月19日記