洋15-112

「天使が消えた街」
    

                  2015(平成27)年9月11日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督:マイケル・ウィンターボトム
トーマス・ラング(イギリス人の気鋭の映画監督)/ダニエル・ブリュール
シモーン・フォード(取材に協力するアメリカ人ジャーナリスト、ノンフィクション作家)/ケイト・ベッキンセイル
メラニー(トーマスがガイド役に雇ったイギリス人女子大生)/カーラ・デルヴィーニュ
エドゥアルド(警察や裏社会の事情に通じる謎めいた人気ブロガー)/ヴァレリオ・マスタンドレア
エリザベス・プライス(殺害事件の被害者のイギリス人留学生)/サイ・ベネット
ジェシカ・フラー(エリザベスのルームメイトのアメリカ人留学生。事件の容疑者)/ジュヌヴィエーヴ・ゴーント
ベアトリーチェ(ビー)(トーマスが妻と親権を争う一人娘)/エイヴァ・エイカーズ
2014年・イギリス、イタリア、スペイン映画・101分
配給/ブロードメディア・スタジオ

<「真実に基づく物語」あれこれ>
 有名な殺人事件(裁判事件)や虐殺事件をテーマにした映画はたくさんある。前者では、たとえば、ハリウッド映画では1928年3月10日に起きた「ウォルター少年失踪事件」をテーマとしたアンジェリーナ・ジョリー主演の『チェンジリング』(08年)(『シネマルーム22』51頁参照)や、2002年12月24日に起きた「レイシー・ピーターソン失踪事件」をテーマとしてロザムンド・パイクが第87回アカデミー主演女優賞にノミネートされた『ゴーン・ガール』(14年)(『シネマルーム35』159頁参照)等がある。韓国映画では、1986年から91年にかけて起こった「華城連続殺人事件」をテーマとしたポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(03年)(『シネマルーム4』240頁参照)とチョン・ビョンギル監督の『殺人の告白』(12年)(『シネマルーム31』205頁参照)がすごかった。
 後者では、たとえば、1948年に起きた「済州島4・3事件」をテーマとした『チスル』(12年)(『シネマルーム32』200頁参照)、イタリアで1969年に起きた「フォンターナ広場爆破事件」をテーマとした『フォンターナ広場 イタリアの陰謀』(12年)(『シネマルーム32』204頁参照)、ポーランドで1939年に起きた「カティンの森事件」をテーマとした『カティンの森』(07年)(『シネマルーム24』44頁参照)等がある。
 これらの映画は冒頭に「真実に基づく物語(Based on true story)」という字幕が出るのが通例だが、さて本作では?

<本作は「真実に基づく物語」、ではない!>
 イタリアには「ペルージャ英国人女子留学生殺害事件」という有名な事件があるそうだ。これは、2007年11月2日にイタリアの古都ペルージャの大学に留学中のイギリス人女子学生メレディス・カーチャーの死体が、共同フラットの自室で発見された事件。容疑者とされたのは、カーチャーのルームメイトで同じ大学に通っていたアメリカ人女子学生アマンダ・ノックスとその恋人の男。一審(2009年)は有罪、控訴審(2011年)で無罪、そして差し戻し裁判(2014年)では有罪、最高裁(2015年)で無罪と、判決は二転三転したそうだ。この殺人事件と裁判が有名になったのは、容疑者のアマンダが“天使”と形容されるほど美しい美貌の持ち主で、事件が乱交やドラッグ絡みだったことから、昼メロさながらの一大スキャンダルへと発展していったためらしい。
 しかして本作は、そのペルージャ英国人女子留学生殺害事件をなぞった(?)エリザベス・プライス(サイ・ベネット)殺害事件を素材として、気鋭の映画監督トーマス・ラング(ダニエル・ブリュール)が脚本づくりと映画製作のための取材に臨むところからスタートするが、さて本作は「真実に基づく物語」・・・?

<原題と邦題に言う「天使」とは?>
 本作の邦題は『天使が消えた街』だが、原題は『The Face of an Angel』、つまり「天使の顔」。邦題にいう「街」とは、エリザベス殺害事件の舞台となったイタリアのトスカーナ州の古都シエナであることは明らかだが、邦題でも原題でも使われている「天使」とは誰のこと?「ペルージャ英国人女子留学生殺害事件」では容疑者とされたアメリカ人の美人留学生アマンダが「天使」と形容されたが、本作でトーマス監督が映画化のために取材するのは、それをなぞったもので、2007年にトスカーナ州の古都シエナで起きたイギリス人留学生エリザベス殺害事件。その容疑者とされたのは、彼女のルームメイトのアメリカ人留学生のジェシカ・フラー(ジュヌヴィエーヴ・ゴーント)とその恋人の男だ。しかして、本作では、ジェシカだけではなくエリザベスもすごい美人だから、原題でも邦題でも使われている「天使」は、さてどちら?
 さらに本作にはエリザベス殺害事件について詳細なノンフィクションを書いているアメリカ人ジャーナリストのシモーン・フォード(ケイト・ベッキンセイル)が「公私とも」にトーマスに協力することになるうえ、これもチョー美人。さらに、本作ではトーマスがシエナの街のガイド役に雇った、夜はパブでバイトをしている女子学生メラニー(カーラ・デルヴィーニュ)が折に触れてトーマスの協力者として登場してくるうえ、現役のモデルが演じているから、これもすごい美人。しかして、原題と邦題に言う「天使」とは一体誰?
 さらに、原題の「天使の顔」と、邦題の「天使が消えた街」とでは意味が全く逆だから、ますます「天使」とは誰のことかわからなくなってくることに・・・。

<脚本書きと映画監督業の大変さをじっくりと!>
 高橋伴明監督の『赤い玉、』(15年)では、元映画監督で今は映画大学で教鞭をとっている奥田瑛二演じる主人公は初老の男だったが、本作におけるトーマスは気鋭の映画監督らしい。もっとも、彼もここ数年、思い通りの映画を撮ることができず、キャリアの岐路に立たされていたうえ、妻との離婚と一人娘のビーことベアトリーチェ(エイヴァ・エイカース)の養育をめぐって争っていたから、公私共に大変。そんなこともあって、彼は本作の脚本書きに全力を傾注するべくローマに降り立ち、エリザベス殺害事件に関するノンフィクションの作家であるシモーンや映画関係者らと詳細な打ち合せをしたが、容易にトーマスの構想はまとまらなかった。その障害となったのは、映画製作者たちの儲けだけを考えた商業主義と、天使たちにどの(美人)女優をキャスティングするかだけに興味を示すノー天気さ。そんな中、トーマスはダンテの『神曲』をベースにした3部構成のアイデアを提示したが、さて、そんな難解な構想がセンセーショナルな犯罪スリラーを作りたがっているプロダクションに採用されるの?
 さらに、シモーンから紹介された、警察や裏社会の事情に通じる謎めいた人気ブロガーのエドゥアルド(ヴァレリオ・マスタンドレア)に会って、事件の裏側情報を聞いていくと、話がややこしくなっていくばかりか、ひょっとしてこのエドゥアルドが真犯人ではないかという疑惑まで抱かざるをえない状況も・・・。このように、トーマスは脚本家兼監督だけではなく、探偵業もやらなければならないことになっていったが、さてその展開は・・・?

<マイケル・ウィンターボトム監督の視点は?どこまでが現実?どこからが妄想?>
 日本でも外国でも、猟奇的殺人事件は多くの庶民の関心を集めるが、そこに美女が絡み、セックスやドラッグが絡んでくると、さらにその話題性は絶大。したがって、イタリアで起きた殺人事件の中でももっともユニークな殺人事件の1つであるメレディス・カーチャー殺害事件については、さまざまな報道が狂騒的に展開され、事件に関する出版物も相次いだらしい。しかして、そんな事件を素材とした本作を、マイケル・ウィンターボトム監督はどんな視点で演出しようとしたの?
 パンフレットによると、それはメレディス・カーチャー殺害事件について本作のシモーンのモデルとなった、イタリア在住のアメリカ人ジャーナリストであるバービー・ラッツァ・ナドーが書いた本を基にし、彼女をキャラクターのひとりにして、マスコミ報道のあり方を疑問視する映画を作ろうということだそうだ。なるほど、なるほど・・・。
 もっとも、マイケル・ウィンターボトム監督のそんな視点は十分理解できるが、映画監督が脚本を書くため、本作のように一人で事件の現場を訪れたり、関係者から事情聴取したり、挙げ句の果てに真犯人と考える男から凶器とされたナイフ(?)を持ち出そうとしたり・・・。そんな行動はあまりに異例、というより常軌を逸したものだ。トーマスはあまりの重圧の中、ある時点からハッパの力を借りたこともあって、精神的にも、肉体的にも少しずつ衰弱していったから、このままではヤバイ・・・。メラニーならずとも多くの観客がそう考えるのは当然だが、さてトーマスが日々事件を追及していく中で、その目に映る風景はすべて現実のもの?それとも、その一部はトーマスの妄想・・・?

<大事なのは作家性?それとも商業性?映画の完成は?>
 映画づくりのためにはさまざまな取材が必要だが、映画づくりも商売である以上、期間、カネ、スタッフ等の制約があるのは当然。他方、トーマス自身が殺人事件の現場に飛んだり、関係者からの直接の事情聴取を含むさまざまな取材をすることは不可欠だ。しかし、取材ばかりに時間をかけて脚本が一向に進まないばかりか、「天使」を演じる女優陣をはじめとするキャスト選びも進まないようでは、プロデューサーたちはイライラ・・・。つまり、作家性の追及と商業性の追求とは矛盾するということだ。
 しかも、トーマスは家庭的にも妻との離婚問題に悩んでいたから、彼の唯一の心のなぐさめは、時々娘のビーことベアトリーチェと交わすチャットでの会話。ちなみに、メラニーと同じホテルの部屋で眠るについては、メラニーから「信用してるからね」の一言でトーマスは狼にならなかったが、シモーンとの接点が深まるにつれて、夫も子供もいるシモーンとはいとも簡単にベッドインしていたから、さてトーマスの男としての誠実性はどのレベル・・・?
 それはともかく、本作は中盤から後半にかけて、もともと謎めいた存在だったエドゥアルドの圧倒的な存在感(?)が目立つようになり、その結果トーマスの取材は混迷を深めていくことになる。したがって、原題の『The Face of an Angel』に言う「天使」とは一体誰?邦題の『天使が消えた街』に言う「天使」とは一体誰?そんなテーマを含めて、ナニが何だかサッパリわからない様相を呈してくる。しかして、マイケル・ウィンターボトム監督の本作はたしかに完成し、現に私たち観客はスクリーン上でそれを鑑賞しているが、さてトーマス監督が目指したエリザベス殺害事件を素材とした意欲的な映画の完成は・・・?
                                  2015(平成27)年9月24日記