日15-110

「ロマンス」
    

                    2015(平成27)年9月4日鑑賞<シネ・リーブル梅田>

監督・脚本:タナダユキ
北條鉢子(新宿・箱根を結ぶ特急ロマンスカーのアテンダント)/大島優子
桜庭洋一(映画プロデューサーを自称する中年男)/大倉孝二
久保美千代(鉢子の後輩)/野嵜好美
直樹(鉢子の彼氏)/窪田正孝
北條頼子(鉢子の母親)/西牟田恵
2015年・日本映画・97分
配給/東京テアトル

<タナダユキ監督のオリジナル脚本に注目!>
 私は『赤い文化住宅の初子』(07年)を観てはじめてタナダユキ監督に注目し(『シネマルーム13』214頁参照)、オリジナル脚本の面白さにビックリした『百万円と苦虫女』(08年)(『シネマルーム20』324頁参照)を観て、更に注目するようになった。そして、その後の、『さくらん』(07年)(『シネマルーム18』203頁参照)や『ふがいない僕は空を見た』(12年)(『シネマルーム30』未掲載)はイマイチだったが、『四十九日のレシピ』(13年)(『シネマルーム31』51頁参照)はまずまずだった。タナダユキ監督は脚本も自分で書くことが多いが、意外にも『赤い文化住宅の初子』『さくらん』『ふがいない僕は空を見た』は原作本があるもの。それに対して『100万円と苦虫女』は完全なオリジナル脚本だったが、本作で彼女は7年ぶりにオリジナル脚本に挑戦。
 新宿・箱根を結ぶ特急ロマンスカーの優秀なアテンダントである26歳のヒロイン・北條鉢子(大島優子)が映画プロデューサーを自称するケッタイな中年男・桜庭洋一(大倉孝二)と共に、箱根で母親を探す1泊2日の旅(?)を描く本作のストーリーはシンプルだがなかなかのもの。前日に観た、アウシュヴィッツから奇跡の生還を果たしたユダヤ人をヒロインとしたフィルム・ノワールだった『あの日のように抱きしめて』(14年)はタイトルこそソフトだが、内容はメチャ深刻な映画だった。それに比べると、本作は単純さとわかりやすさが際立っているが、今ドキの日本人にはこれくらいのレベルがちょうどいいのかも・・・。
 『百万円と苦虫女』ほどのユニークさがないのが少し不満だが、それでも原作本ばやりの昨今の邦画界の中で登場した、タナダユキ監督のオリジナル脚本に注目!

<なぜか、しっかり女にはダメ男が・・・>
 
『百万円と苦虫女』では、天下の美女・蒼井優が前科者(?)ながら「百万円貯まったら出て行きます!」と宣言する、しっかり者の21歳のヒロイン役を演じたが、本作ではAKB48を卒業して約1年、映画初主演の大島優子が26歳のしっかり女を演じている。『百万円と苦虫女』の主人公はフリーターだったが、本作の鉢子は曲がりなりにも正社員。そして、コネで入ったらしいブスで出来の悪い後輩・久保美千代(野嵜好美)とは違い、鉢子は成績も常にトップクラスだから立派なもの。ロマンスカー内でのワゴン販売のやり方を見ても、私がいつも新幹線で目にする風景に比べると数段上だ。
 本作のストーリーは厚かましくも桜庭が鉢子が押すワゴンの中からお菓子を万引き(?)するところからスタートするが、今ドキの若い女の子は厳しく客を追及することはできないはずだから、その点でも鉢子はエラい。もっとも、こんなしっかり者の女に限って、ダメな彼氏がへばりつくもの。本作冒頭の、ベッドの中に寝たまま仕事に行く鉢子からお小遣いをせびる彼氏・直樹(窪田正孝)の姿を見れば、それが明らかだ。さらに、本作のメインストーリーでも、なぜか鉢子には桜庭のようなダメ男の典型のような中年男がお相手となることに・・・。
 ちなみに、オードリー・ヘップバーンの代表作『ローマの休日』(53年)は王妃様が新聞記者と共に過ごす短いローマの休日を描いていたが、そこで王妃のお相手となった男はハンサムでしっかり者だった。それと対比して考えれば、なぜ鉢子のようなしっかり女に直樹や桜庭のようなダメ男が・・・。

<私の目には「母親失格」だが、タナダユキ監督の視線では?>
 
鉢子が子供の頃に行った家族3人での箱根旅行は楽しいものだったらしい。それなのに、なぜその後、鉢子の母親である北條頼子(西牟田恵)は鉢子の父親と離婚することに?本作では回想シーンで再三登場する頼子のご乱行ぶりは、鉢子から「男をとっかえひっかえしていた」と言われるほどだから、かなりひどい。小さい子供が家に帰って来た時、部屋の中から母親のあえぎ声が聞こえるというのはいかがなもの・・・。普通、こんな家庭に育った子供はロクな女に成長しないものだが、鉢子がしっかり者に成長したのは、そんな母親を反面教師にしたからだろう。私の目線で見れば、そんな母親はまさに「母親失格」だから、映画を作るについては厳しく糾弾したいところだが、タナダユキ監督の視線はあくまで優しいからそれに注目。
 前述のとおり、鉢子は優秀なロマンスカーのアテンダントだが、それでも若い女の子だからその時々の気分に左右されることがあるらしい。鉢子が後輩の久保美千代と一緒に勤務に入ったこの日は、郵便ポストの中に入っていた母親からの手紙を封を切らないまま持ってきていたが、そこには何が書かれていたの?ずっと無視していたものの、やはりそれが気になった鉢子が勤務中にそれを読むと、鉢子のイライラは頂点に。したがって、鉢子が桜庭の万引きを厳しくとがめたのは、本来の職務上の義務以上にイライラ感を爆発させた結果かも・・・?
 ちなみに鉢子の分析では、頼子が鉢子に優しくしてくるのはいつも男にフラれて一人ぼっちになった時。しかして、手紙の中に「一人、思い出の箱根の旅に行きます」と書いた頼子は一体ナニを考えているの?ひょっとして、桜庭が言うように、自殺しようとしているの・・・?もしそうだとしても、それは私には無関係!鉢子はそう自分で自分を納得させようとしたが、ケッタイな万引きのおっさん・桜庭から、しつこく母親を探しに行くべきだと言われると・・・?

<AKB48卒業後の女優・前田敦子VS女優・大島優子>
 AKB選抜総選挙で第1回から第4回まで1位を争ったのが、前田敦子と大島優子の2人だが、女優業では大島優子は前田敦子の後輩になる。前田敦子は既に『あしたの私のつくり方』(07年)(『シネマルーム13』316頁参照)、『もらとりあむタマ子』(13年)(『シネマルーム32』125頁参照)、『さよなら歌舞伎町』(14年)(『シネマルーム35』214頁参照)、『Seventh Code(セブンスコード)』(13年)(『シネマルーム32』未掲載)、『イニシエーション・ラブ』(15年)等で見事な演技を見せてきたが、さて大島優子は?
 本作では、大倉孝二演じる桜庭が背が高いこともあって大島優子の小柄さが目立っていたが、身長、体重、スリーサイズ等は多分前田敦子も大島優子も同じようなもの。また、前田敦子の演技力と、『紙の月』(14年)(『シネマルーム35』108頁参照)で、宮沢りえに対抗するかのようなちょっとエキセントリックな銀行員役を演じて、第38回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞した大島優子の演技力も同じようなもの。そこで、私なりに面白い対比をしてみると、その1つはラブホテルでの男との過ごし方の比較。本作では大島優子演じる鉢子は逃走する桜庭を断固として一人で追跡する足の速さと、桜庭のことを「おっさん」と呼び続ける上、至る所で若い女の子に似合わないきつい言葉を投げつける「口の悪さ」が目立っていたが、さて何の因果か、そんなおっさんと2人で入ることになったラブホテルでの一晩の過ごし方は・・・?
 
<ラブホテルの過ごし方、前田敦子VS大島優子>
 『さよなら歌舞伎町』では、ギターを背負った前田敦子がレコード会社の有力者と共にラブホテルに入ったのは、レコードデビューのため、枕営業のためだった。もっとも、同作は新宿のラブホテルを舞台とする多くの個性的な男女の(青春?)群像劇だったから、前田敦子のラブホテルでのシークエンスのウエイトは何分の1のものにすぎなかった。しかし、本作で鉢子が桜庭と共にラブホテルのデラックスルームで一晩を過ごすシークエンスは大きなウエイトを持っている。そのため、ラブホテルでの男との過ごし方に見る、前田敦子VS大島優子の比較は興味深い。
 ちなみに、キネマ旬報9月下旬号の秋本鉄次氏の「カラダが目当て リターンズ」でも、この点に注目し、「箱根道中の果て、“何もしない”約束で緊急避難的にラブホ入り。『何、やってるんだろ、私。女が弱っているところを襲うこの男、最低。でもよく考えると、私も最低か。最低同士、ちょうどいいかもね』という大島の自棄的な独白はけっこう名科白。」と高く評価(?)している。『さよなら歌舞伎町』では、一緒にラブホに入った相手の男から「どうするの?」「別に今俺は女に不自由していないし・・・」と言われた前田敦子演じる歌手のたまごは、彼氏に対して申し訳ないという気持ちもあって「枕営業」を中止したが、さて本作における鉢子の方は?「タナダユキ監督作にしては珍しく主演女優“完脱ぎ”ナシが残念だが」という秋本鉄次氏の指摘は私も同感だが、本作のこのシークエンスはそれなりの見せ場に仕上がっていることはまちがいない。
 なお、前田敦子は『Seventh Code(セブンスコード)』では過激なアクションに挑んだが、『もらとりあむタマ子』と『イニシエーション・ラブ』では今ドキの若い女の子役を等身大に演じていた。したがって、「等身大」という視点からも、本作における大島優子の演技と前田敦子のそれを比較してみるのも一興だ。いずれにしても、前田敦子と大島優子の今後の女優としての活躍に期待したい。

<これでクビ?いやいや、クビはあの後輩!>
 9月中旬に向けて、参議院ではいよいよ安全保障関連法案の採決に向けた段取りが進んでいるが、今国会では安保法案だけではなく、民法改正案や、労働者派遣法改正案など多くの重要法案がある。近時、労働法制、とりわけパート労働をめぐる情勢は大きく変化してきた。そんな中、自民党総裁に安倍晋三首相が無投票で再選した9月8日に参議院厚生労働委員会では「企業の派遣受け入れ期間を事実上なくす」ことを内容とする労働者派遣法改正案が可決され、9日には参議院本会議で可決された。
 そんな「労働法制のあり方」という視点で本作を観ると、無断で職場を放り出して桜庭と共に母親探しの旅に出かけた鉢子に対して、上司が「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の重要性はわかっているはずだ」と叱責したのは当然。しかし、会社がそれだけで鉢子をクビにするのか?というと、そんな心配は全くなさそう。やっぱり会社としては1度くらい大きなミスを犯しても、鉢子のように真面目で優秀なアテンダントは確保したいわけだ。鉢子が叱責されるのを見て、美千代が「鉢子さんをやめさせるのなら、私もやめます!」とタンカを切った姿にはビックリ。有力者のコネで入社しているため、ロクな仕事もできないくせに給料だけは払い続けなければならない会社にしてみれば、美千代がそんなことを言ってくれば、会社としてはウェルカムだが、法的にそんなことは可能なの?タナダユキ監督流のそんな描写を見ていると、今ドキのかなりインチキな労働(法制)事情の一端を垣間見ることができるので、弁護士の私としては、本作から少しはそんな論点も拾ってほしい。

<ラストシーンをどう観る?あなたの賛否は?>
 桜庭が母親を探すため鉢子を連れ歩き、結果として1泊2日の珍道中を展開することになったのは一体なぜ?本作は一貫してそれがテーマだから、映画プロデューサーと称する桜庭の経歴や実績、その人生観や家族観(離婚歴)等を含めて、口の悪い鉢子との衝突や議論を聞きながらしっかりそれを考えたい。もっとも、小田原城ではマイクで呼び出してもらったり、温泉卵を食べながらいろいろと思いつくところを歩いてみても、所詮その程度の捜索活動(?)で頼子を見つけることができないのは当然。したがって、ある時点で鉢子が「おっさん、もういいよ。もうやめよう」と言い始めたのは当然だが、母親探しの旅を中止するについて2人の意見が一致するのはいつ・・・?
 前述した上司による鉢子への叱責シーンは、もちろんその後のシークエンスで登場するものだが、母親からの「ヘンな手紙」(?)を読んで、見ず知らずのおっさん・桜庭との珍妙な二人旅を続けた鉢子は、その時点では奇妙な「ふっきれ感」ができていたらしい。したがって、再びラストシーンに登場してくるアテンダントとしての鉢子の姿は颯爽としたもの。アテンダントの仕事は1日に何度もロマンスカーに乗って往復するらしいが、この日いつものように鉢子がワゴンを押しながら、いつもの営業用セリフをしゃべっていると、前方では聞いたような声、聞いたような歌声が・・・。さてこれは一体誰?その主は1人だけ?それとも誰かが隣に座っているの?もし座っているとすれば、それは一体誰?
 このラストシーンはそれなりに含蓄のある興味深いものだが、ある意味では少し安易すぎる感も・・・。さて、あなたはこのラストシーンをどう観る?そしてあなたの賛否は? 
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