日15-102

「日本のいちばん長い日」
    

                      2015(平成27)年8月16日鑑賞<梅田ブルク7>

監督・脚本:原田眞人
原作:半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』(文春文庫刊)
阿南惟幾(あなみこれちか)(陸軍大臣)/役所広司
昭和天皇/本木雅弘
鈴木貫太郎(内閣総理大臣)/山﨑努
迫水久常(内閣書記官長)/堤真一
畑中健二(陸軍少佐)/松坂桃李
阿南綾子(阿南惟幾の妻)/神野三鈴
井田正孝(陸軍中佐)/大場泰正
下村宏(国務大臣兼情報局総裁)/久保酎吉
東條英機(陸軍大将)/中嶋しゅう
絹子(陸相官舎付女中)/キムラ緑子
阿南喜美子(阿南惟幾の長女)/蓮佛美沙子
鈴木一(秘書官)/小松和重
米内光政(海軍大臣)/中村育二
安井藤治(国務大臣)/山路和弘
平沼騏一郎(枢密院議長)/金内喜久夫
左近司政三(国務大臣)/鴨川てんし
高嶋辰彦(陸軍少将)/奥田達士
大西瀧次郎(海軍中将)/嵐芳三郎
梅津美治郎(陸軍大将)/井之上隆志
木戸幸一(内大臣)/矢島健一
田中静壱(陸軍大将)/木場勝己
藤田尚徳(侍従長)/麿赤兒
荒尾興功(陸軍大佐)/田中美央
竹下正彦(陸軍中佐)/関口晴雄
椎崎二郎(陸軍中佐)/田島俊弥
藤井政美(陸軍大尉)/戸塚祥太
入江相政(侍従)/茂山茂
三井安彌(侍従)/植本潤
保科武子(女官長)/宮本裕子
保木玲子(技術員)/戸田恵梨香
館野守男(放送員)/野間口徹
皇后/池坊由紀
佐々木武雄(陸軍大尉)/松山ケンイチ
森赳(近衛師団長)/髙橋耕次郎
2015年・日本映画・136分
配給/アスミックエース、松竹

<1967年の岡本喜八版VS2015年の原田眞人版>
 私は岡本喜八監督、三船敏郎主演の『日本のいちばん長い日』(67年)を大学時代に松山に帰省している時に鑑賞し、大きな衝撃を受けた。終戦記念日=玉音放送というものをごくあたり前のように受け止めていたのに、実はその背景にはこんな1936年の「2.26事件」のような一部青年将校の決起(反乱)があったこと、そして自分がそれを全く知らなかったことに衝撃を受けたのだった。以降、当時東宝が制作していた「終戦記念日モノ戦争大作」を明確に意識して鑑賞するようになったが、それから48年後そして戦後70周年の今年、原田眞人監督版が再登場してくることになった。
 昔は、その原作が半藤一利氏の『日本のいちばん長い日』(但し当時は大宅壮一監修)であることも特に意識しなかったが、今では半藤一利氏のことはよく勉強して知っている。両者の最大の違いは、岡本喜八版は1945年8月15日の1日だけの描写に集中したのに対し、原田眞人版は原作どおり終戦の4ヶ月前から、つまり、昭和天皇(本木雅弘)が鈴木貫太郎(山﨑努)に組閣を命じるところから、8月15日の玉音放送に至るまでの動きをフォローしていることだ。したがって、「先の大戦」のことをほとんど知らない若い世代でも、本作を観れば、①鈴木貫太郎による組閣、②陸軍大臣に就任した阿南惟幾(役所広司)の苦悩、③ポツダム宣言受諾に至るまでの閣議の論点や議論の様子、④昭和天皇の「ご聖断」の意味、⑤玉音版をめぐる畑中健二少佐(松坂桃李)ら決起部隊の「反乱」とその失敗、⑥今年の夏、何度も聞いた昭和天皇によるあの玉音放送までの動きがよくわかる。それはそれでいいのだが、その分、本作は教科書のような感じが強く、映画のつくり方としてはイマイチ・・・?

<映像上も物語上も、昭和天皇がこれだけのウエイトを!>
 本作はいわゆる「青春群像劇」ではないが、パンフレットで原田監督が「昭和天皇と阿南惟幾陸相、そして鈴木貫太郎首相の3人を中心とする“家族”のドラマです」と言っているように、この3人を中心とし、歴史上の動きにあわせた人間ドラマになっている。後半は畑中少佐ら決起部隊による「反乱」というドラマティックな要素も入ってくるが、前半はホントに淡々と歴史上の事実に沿って、原田流解釈に沿った人間ドラマが展開していく。したがって、味本作を鵜呑みにすると、鈴木貫太郎首相はこんな人、阿南惟幾陸相はこんな人、そして昭和天皇はこんな人だったんだと思い込んでしまうが、それは危険。本作が描く3人の人物像と、この3人が展開する「家族ドラマ」はあくまで原田監督の視点によるものなのだ(にすぎないのだ)ということを十分認識する必要がある。
 岡本喜八版においては、松本幸四郎が演じた昭和天皇はホンの少し姿を見せるだけで、あくまで闇のベールにつつまれていた(?)が、『昭和天皇実録』が公表された今となっては、昭和天皇についても情報公開はいかようにもオーケーとばかりにその人物像が原田監督の視点で描かれる。そりゃ、イエス・キリストだって、『ベン・ハー』(59年)ではホンの少ししか登場しなかったが、『パッション』(04年)(『シネマルーム4』261頁参照)や『サン・オブ・ゴッド』(14年)(『シネマルーム35』296頁参照)では、その全体像を堂々とスクリーン上に見せていたから、昭和天皇だって・・・。
 しかして、今の時代に昭和天皇を演じる俳優はモックンこと本木雅弘しかいないと原田監督は考えたらしい。それはそれで正解かもしれないが、私に言わせれば意外性がなく面白味に乏しい。今ドキ最も旬な俳優にやらせるとすれば、少し若すぎるかもしれないが、NHK大河ドラマ『八重の桜』で松平容保を演じ、『白ゆき姫殺人事件』(14年)(『シネマルーム32』227頁参照)と『そこのみにて光輝く』(14年)(『シネマルーム32』166頁参照)で第88回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞を受賞した綾野剛にやらせてみても面白かったのでは・・・?

<閣議決定は難しい!>
 今年の8月15日の「安倍談話」に向けては、①村山談話と小泉談話を継承するのか否か、②「侵略」と「植民地支配」、そして「痛切な反省」と「心からのおわび」という4つのキーワードのすべてを入れるのか、それとも「おわび」が抜けるのか、③閣議決定を経たうえでの総理大臣談話なのか、それとも「総理大臣の談話」なのか、等々の論点が事前に出され、国内外から大いに注目されていた。その結果はご承知のとおりで、中国と韓国からの批判も最少限にとどまったのは幸いだった。村山談話は1285字、小泉談話も1135字だったのに対し、安倍談話は3354字だから、ボリュームは圧倒的に多い。これは過去のおわびの部分と「先の世代に謝罪を続ける宿命を負わせてはならない」という未来志向の部分を明確に区別しようとしたためで、それはそれで十分意味があるものだった。
 しかして、本作にみる玉音放送の文章を練る閣議の様子を見てみると、「戦勢日に非にして」を「戦況必ずしも好転せず」とあらためるべきか否か、等の議論で時間を浪費する姿が見えてくる。それはそれで大切なことだが、広島に続いて長崎に原爆が投下され、明日にでもソ連が北海道に侵入してこようかという時に閣議でこんな枝葉末節の(?)議論をしていていいの・・・?

<閣議のシステムは?明治憲法の勉強が不可欠!>
 私は2011年3月11日に発生した東日本大震災の後、朝日新聞「ニッポン前へ委員会」が企画した「東日本復興計画私案」 に「震災復興大臣を国民投票で!」というタイトルで応募した。これは、震災復興大臣に本当に復興の「権限」をもたせるためには、その権力の源泉として国民による直接投票が不可欠と考えたためだ。もちろん、そのためには憲法や現行法をいろいろと見直す必要があるが、私なりにそれも可能と考えて論文を提出したが、結果は残念ながら・・・。
 大東亜戦争(太平洋戦争)は現行の憲法ではなく明治憲法にもとづいて実行されたものだから、本作が描く戦争終結に至るプロセスや法的手続もすべて明治憲法にもとづくことになっているのは当然。しかし、それを理解するためには明治憲法そのものと、その明治憲法下の法システムについて、かなりのお勉強が必要。本作が描くストーリーを見ているだけでは、到底それを理解することはできないはずだ。本作は昭和天皇の2度にわたる「ご聖断」とそれを主導(画策)した鈴木総理の知恵というところに焦点をあてているが、決してポイントはそれだけではない。
 そんなことを考えながら、明治憲法下における「元首」としての天皇陛下の地位を大前提として(現憲法では天皇は象徴にすぎない)、本作に観る閣議を中心とした戦争終結へのプロセスをしっかり勉強したい。

<畑中少佐を中心とした若手将校の決起をどうみる?>
 岡本喜八版で畑中少佐を演じた黒沢年雄は当時23歳だったのに対し、本作で畑中少佐を演じた松坂桃李は27歳。原田監督の要請に応じて喜んで坊主頭になってくれたうえ、当時の軍人の所作はほぼ完璧に収得しているが、黒沢年雄と同じくいかんせん若すぎる。岡本版でも畑中少佐の狂気性(?)が際立っていたが、松坂桃李演ずる本作の畑中もそれは同じ。そのうえ、畑中が属している陸軍省軍務課の中での僚友である竹下正彦(関口晴雄)、井田正孝(大場泰正)、椎崎二郎(田島俊弥)らとの議論を聞いていても、みんなあまり頭がよくなさそうなのが最大の欠点。1931年9月18日の満州事変を画策した当時の石原莞爾中将や板垣征四郎高級参謀らと比べると、そのレベルの差は明らかだ。
 また、高倉健主演の『海峡』(82年)を観れば、田舎出身の若手将校たちの憂国の情と堕落した陸軍幹部に対する憤怒の気持が十分に伝わってくるから、1936年のニ.ニ六事件はある意味必然で仕方なしと思える面もある。しかし、本作で畑中たちが見せる近衛師団長・森赳(髙橋耕次郎)の殺害とニセの師団命令の作成、そして玉音版強奪作戦の実行は時間的に切迫していることを割り引いても、いかにも稚拙。きっと彼らの頭の中には戦争継続(本土決戦)かそれとも和平(ポツダム宣言受諾)かという論点の設定すらできず、思考停止状態になっていたのだろう。すると、ひょっとしてそれは、安保法制の国会での議論が続く中、その法案を「戦争法案」と称し、何が何でも平和とばかりに法案自体に拒否反応を示す今の日本の世情と同じかも・・・?

<なぜ阿南陸相に?なぜ鈴木総理に?>
 本作後半は畑中少佐ら若手将校による決起と玉音版強奪作戦がスリリングな展開を見せるが、それと同時並行して描かれるのが阿南の切腹(準備の姿)。そこであらためて、なぜ阿南が陸相に選ばれたのかを考えてみれば、阿南は陸軍一筋に歩んだ軍人だが、成績はホドホドのごく平凡な軍人だったらしい。しかし、昭和天皇が信頼する鈴木が侍従長の時に阿南が侍従武官を務めたこともあって、昭和天皇も阿南のことをアナンと呼び何かと頼りにしていたらしい。したがって阿南が陸相に選ばれたのは、陸相にはこの人物を!という人材がどこにもおらず、昭和天皇が頼りにできるのは阿南しかいなかったため、というのが実情だったわけだ。
 他方、本作冒頭に描かれる戦争終結に向けての組閣で、鈴木が高齢を理由に固辞したのは当然。そこで「殺し文句」になったのは、「頼むから、どうか、気持ちを曲げて承知してもらいたい」という昭和天皇のお言葉。そこまで言われたら断るわけにいかないのは当然だが、その意味を客観的に考えれば、要はここに至って総理大臣を務められる人材は誰もいなくなったから、いくら高齢でもいくら耳が聞こえなくてもアンタしかいないということだ。2001年4月26日の小泉純一郎総理の登場は、自民党内はもちろん、国民からも熱狂的に支持された。しかし、小泉退陣後の日本は、2006年から2011年にかけて安倍晋三内閣、福田康夫内閣、麻生太郎内閣、鳩山由紀夫内閣、管直人内閣、野田佳彦内閣と、1年毎に総理大臣が交代する異常事態となった。それと対比するわけではないが、あの1945年のあの時局において、軍部(特に陸軍)の圧力に抗して日本を終戦処理に導く能力のある総理大臣が容易に見つからなかったのはむしろ当然だろう。

<切腹は玉音放送終了後にやるべきでは?>
 しかして、阿南は何よりも国体維持(=天皇陛下の地位の安寧)にこだわり続けたが、これは陸軍の総意であると同時に自分の意見。他方、ポツダム宣言受諾による戦争終結については、昭和天皇のご聖断がくだればそれに従うという単純な思考だから、本土決戦(=一億総玉砕)を叫ぶ若手将校を中心とする陸軍の意見があってもそれは「阿南を斬ってからやれ!」と一喝するくらいのことはある意味で当然できること。そう考えると、役所広司は『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(11年)(『シネマルーム28』91頁参照)はそれなりのかっこいい当たり役だったが、阿南陸相役はあまり当たり役ではなかったかもしれない。
 とりわけ私が本作を観て違和感を覚えるのは、閣議で玉音放送の文案が確定してしまうと、後の自分の仕事は自決(切腹)だけと割り切り(?)、酒を飲みながらその準備に専念すること。畑中ら陸軍省軍務課を中心とする徹底抗戦派が玉音放送実現までの間に何をやってくるかがわからないのは見え見えなのだから、陸軍大臣としてはこれに目を光らせ、万が一にも2.26事件のような反乱が起こらないようにするのが大切なお仕事なのでは。その意味では、玉音放送をひかえた大切な、まさに「日本のいちばん長い日」に、次男の戦死の状況を伝えに来た次男の部下や、それを聞いた阿南の妻・綾子(神野三鈴)が、阿南を訪ねて横浜から東京にやってくるストーリーはすべてカットしてもよかったのでは?また、阿南が切腹するについては乃木大将と同じように秘かに勝手にやればいいことなのに、本作では井田正孝中佐と酒をくみかわしたり、いったん一人になった後再度阿南邸を訪れてきた竹下正彦中佐と会ったり、彼に酒を勧めたり・・・。要するに阿南の切腹は規定方針でいいのだが、それは玉音放送を見届けてからやるべきでは・・・?

<キネマ旬報増刊戦争特集号は必携!>
 2015年の今年は戦後70年目の節目の年を記念して多くの戦争映画が公開されているが、そんな情勢にあわせて株式会社キネマ旬報社は2015年8月18日付で『キネマ旬報増刊 戦後70年目の戦争映画特集』を出版した。その第1章「2015年夏」では、2015年の新作紹介の巻頭特集として、当然のように『日本のいちばん長い日』が14頁~39頁で紹介されている。第1章で紹介される他の作品は、『野火』、『沖縄 うりずんの雨』、『この国の空』、『アンブロークン』、『母と暮らせば』、『杉原千畝 スギハラチウネ』だ。
 続く第2章「日本の戦争映画」では、「総論」として佐藤忠男氏の「日本の戦争映画史 日本映画は戦争の何を描いてきたのか」を載せたうえ、「映画が描く戦争の真実 日本映画70選」として金澤誠氏、鶴田浩司氏等12名の映画評論家が①戦時中の映画、②日中戦争等14のテーマ毎に、70本の戦争映画を選び出している。そして、第3章「映画と戦争をめぐる10人のことば」は、代表的な映画人として降旗康男、山田太一、池谷薫、日向寺太郎、大林宣彦、黒木和雄、今井正、岡本喜八、木下惠介、新藤兼人の10名がそれぞれの思いを自分の言葉で述べている。第4章「外国映画の視点」も、「中国映画は日中戦争をどう描いたか」、「アメリカ映画は太平洋戦争をどう描いたか」の分析が興味深い。
 戦争映画に興味を持ち続けている私は現在、「東宝・新東宝戦争映画DVDコレクション」を定期購読しているが、これはそれぞれの作品についての解説が豊富で興味深い。その購読数は既に39本にのぼっている。しかして、私の知る限り、戦後70年間につくられた日本の戦争映画について体系的にまとめられた本は、今回の『キネマ旬報増刊 戦後70年目の戦争映画特集』以外にはないから、戦後70年の今、日本の戦争映画をしっかり鑑賞するためにはこの本は必携!
                                  2015(平成27)年8月20日記