洋15-101

「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
    

                      2015(平成27)年8月16日鑑賞<梅田ブルク7>

監督・脚本・製作:ジョージ・ミラー
マックス・ロカタンスキー(愛する家族を奪われ、本能だけで生き長らえている元警官)/トム・ハーディ
インペラトル・フュリオサ(「大隊長」の女戦士)/シャーリーズ・セロン
イモータン・ジョー(恐怖と暴力で民衆を支配する男)/ヒュー・キース・バーン
ニュークス(ウォーターボーイズの戦士、ジョーの狂信者)/ニコラス・ホルト
スプレンディド(ジョーの妻の1人で妊娠中)/ロージー・ハンティントン=ホワイトリー
トースト(ジョーの妻の1人)/ゾーイ・クラヴィッツ
ケイパブル(ジョーの妻の1人、ニュークスと恋仲になる女性)/ライリー・キーオ
ザ・ダグ(ジョーの妻の1人)/アビー・リー・カーショウ
フラジール(ジョーの妻の1人)/コートニー・イートン
リクタス・エレクトス(ジョーの息子、怪力の大男)/ネイサン・ジョーンズ
コーパス(ベビーカーに鎮座するジョーの息子)/クエンティン・ケニハン
最高司令官(ジョーの側近)/リチャード・ノートン
スリット(ウォーターボーイズの槍使いの若者)/ジョシュ・ヘルマン
ミス・ギディ(ばあや)/ジェニファー・ヘイガン
ブレッド・ファーマー/リチャード・カーター
オーガニック・メカニック(ジョーの砦の医者)/アンガス・サンプソン
昏睡間抜け戦士/イオタ
ピープル・イーター/ジョン・ハワード
ホープ/ココ・ジャック・ギリース
2015年・アメリカ映画・120分
配給/ワーナー・ブラザース映画

<『マッドマックス』の狂気の世界をやっと鑑賞!>
 
『マッドマックス』(79年)は若き日のメル・キブソンを一躍大スターにのし上げたそうだが、私はそれを観ていない。その後の『マッドマックス2』(81年)も『マッドマックス サンダードーム』(85年)も、残念ながら私は観ていない。しかし、30年ぶりに登場したシリーズ第4作となる本作によって、マッドマックスの「狂気の世界」をやっと鑑賞。本作では主役のマックス・ロカタンスキーを演ずる俳優をメル・ギブソンから新進のトム・ハーディに代えたうえ、女戦士インペラトル・フュリオサ役にシャーリーズ・セロンを起用したのがミソ。
 シャーリーズ・セロンは私の大好きなハリウッド・ビューティを代表する女優だが、本作では砦の支配者であるイモータン・ジョー(ヒュー・キース・バーン)からの信頼を得ている「大隊長」でありながら、ジョーを裏切り、ジョーの妊娠中の妻スプレンディド(ロージー・ハンティントン=ホワイトリー)を含む5人の妻を連れて、砦から脱走するという大変な役を演じるため、必然的に過酷な肉弾アクションに挑戦!本作は新聞紙上の評論でも概ね好評だし、何度か観た予告編でも砂漠の上を疾走する様々な改造車の上で繰り広げられるアクロバット的アクションはものすごい。
 これは、一体いつの時代?舞台はどこ?誰と誰が何のために戦っているの?予告編のスクリーン上だけではそんなことはさっぱり分からないが、とにかくこれはメチャ面白そう。そう思っていたにもかかわらず、時間が合わず見逃していたが、本日『日本の一番長い日』(15年)と一緒に鑑賞することに。

<この世界観に注目!>
 近未来や世紀末をテーマにした映画はたくさんあり、そこでは当然それぞれの「世界観」の内容が興味深い。とりわけ、『アバター』(09年)(『シネマルーム24』10頁参照)、『スノーピアサー』(13年)(『シネマルーム32』234頁参照)、『猿の惑星 新世紀(ライジング)』(14年)(『シネマルーム33』246頁参照)が示す世界観は壮大なもので面白い。現在大ヒットしている、諫山創の原作を映画化した『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』(15年)、『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』(15年)の最大のアイデアは「人が巨人に喰われる」社会というものだが、その時代は「巨人の出現から約百年」「王政は2千年ほど続いている」というあいまいなもの。他方、『メランコリア』(11年)(『シネマルーム28』169頁参照)や『テイク・シェルター』(11年)(『シネマルーム28』174頁参照)等はレッキとした世紀末思想が提示されていたから、それを信じるか信じないかは別として、興味ある作品だった。
 それに対して、「マッドマックス」3部作とその4作目となる本作が描く世界は「人類が核兵器を用いた大量殺戮戦争を勃発させたため、生活環境は汚染され、生存者たちは物質と資源を武力で奪い合うという文明社会が崩壊した世界」だ。これは、『ザ・ウォーカー』(10年)の世界観とも少し共通する(『シネマルーム24』76頁参照)から、同作との対比もおすすめだ。

<ものすごい実写アクションに注目!>
 メル・ギブソン監督の『アポカリプト』(06年)(『シネマルーム14』19頁参照)も、ローランド・エメリッヒ監督の『紀元前1万年(10,000BC)』(08年)(『シネマルーム19』169頁参照)も、主人公の「旅」をテーマとした想像を絶する物語だったが、その見どころは実写では到底作り出せないCG映像だった。またローランド・エメリッヒ監督の『デイ・アフター・トゥモロー』(04年)(『シネマルーム4』84頁参照)で観た、大津波に襲われるニューヨークのまちの特撮シーンもすごかった。近時はそんなCG映像のすごさを競う作品が多い。
 『ローン・レンジャー』(13年)(『シネマルーム31』238頁参照)、『さらば復讐の狼たちよ(譲子弾飛/LET THE BULLETS FLY)』(10年)(『シネマルーム34』146頁参照)そして『女と銃と荒野の麺屋(三槍拍案驚奇/A WOMAN,A GUN AND A NOODLE SHOP)』(09年)(『シネマルーム34』152頁参照)等はメチャ面白いアクションだったが、これらもすべてCGだった。しかし、本作はそれらと正反対に、あくまで実写による超過激なアクションを追及している。
 トム・クルーズの『ミッション:インポッシブル』シリーズ最新作『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(15年)では、上空1500メートルでトム・クルーズが飛行機に飛び乗るアクションに自ら挑戦しているのが大きな話題だが、本作の実写アクションは明らかにそれ以上。また、かつてジョン・ウェインが主演した、ジョン・フォード監督の『駅馬車』(39年)では、疾走する駅馬車とそれを追跡するインディアンとの銃撃戦が売りものだったが、これも当然すべて実写。今から76年前の『駅馬車』の実写アクションもたしかにすごかったが、撮影技術が進化した今、本作はそれと比べても明らかに上だ。本作では、とにかくものすごい実写アクションに注目!

<本作特有のキャラ、車、武器を知っておく必要は?>
 本作冒頭、一面に広がる砂漠の上に、愛車のV8・インターセプターと共に登場するのは元警察官のマックス(トム・ハーディ)。それを襲い、捕縛し、ジョーが支配するシタデルという砦に連行していくのは、ジョーの武装集団ウォーターボーイズの若者集団たちだ。このシークエンスを観ているだけで本作の特異さにすぐに気付くが、シタデル砦の中からマックスが逃走を試みるシークエンスを見れば、シタデル砦内の地下水と食料を牛耳り、狂信的武装集団ウォーターボーイズを利用することによって、シタデル砦を支配しているジョーのありさまがよく分かる。
 それに続くシークエンスが、フュリオサがウォー・リグ(ウォー・タンク)と呼ばれる巨大な軍用車を改造したタンカートレーラーに乗って、シタデル砦から逃走していくもの。フェリオサの逃走を知ったジョーは烈火のごとく怒り、シタデル砦の総力を挙げてフェリオサの追跡を命じると共に、自らも愛車ギガホースに乗り、その追撃を指揮。
 まあ、そこまでのシークエンスの異様なこと。『マッドマックス』3部作をすべて観ている人は、登場人物の名前やキャラ、各種改造車やさまざまな武器の名前、そして高品質の輸血ドナーとなるマックスを「輸血袋」と称して砂漠の追跡劇に「同行」させていくことの意味等々をすべて理解できるのだろうが、私にはサッパリわからない。しかし、本作を楽しむにはそんな知識は基本的に無用。ただただスクリーン上で激しく展開される車の疾走と、それを煽り立てる音楽、そして以降展開される実写の激しいアクションシーンを堪能すればいい。もちろん、さまざまな前提事実を知りたい人はパンフレットを購入したり、ネットで検索すればたくさんの資料があるので、そのお勉強を。

<「緑の地」はどこに?それはホントにあるの?>
 激しいアクションが連続し、大爆発の中で、本作の主役の1つともいえるフュリオサが乗るウォー・リグ(ウォー・タンク)も、ジョーたちに奪われたマックスの愛車V8・インターセプターも、そしてニュークス率いるウォーターボーイズたちが乗るさまざまな改造車もすべてふっとばされた後、一転してスクリーン上に登場してくるのは、水着とまではいかないが、薄衣をまとっただけの5人の美女。彼女たちがフュリオサと共に水浴び(?)をしているシーンはそれまでのシーンとは天と地ほどの開きがある。しかして、これは一体ナニ?
 そこで目を覚ましたマックスとフュリオサとの戦い、さらにマックスを「輸血袋」として鎖でつないでいたニュークスも目を覚ましたことによって、三つ巴の戦いが展開されるが、さてフュリオサやマックスにとっての真の敵は誰?
 ストーリーが進むにつれて、フュリオサが目指すのはかつて彼女が少女時代に過ごした「緑の地」であること、そしてそこに妊娠中のスプレンディドを含めてジョーの5人の妻を連れていこうとしていることがわかるが、ホントに「緑の地」はあるの?そして、奇妙な「連合軍」となったマックスとフュリオサそしてニュークスはこの後も仲良く手をたずさえて、5人の美女たちと共に「緑の地」を目指す旅を続けることができるの?

<絶望から反転へ!>
 フェリオサが生まれ、少女時代を過ごした「緑の地」も今は、酸性土壌汚染の進行によって作物が育たず閉鎖されており、現在そこで生活しているのは、おばさんたち7人編成のバイクチーム「鉄馬の女たち」だった。「緑の地」に戻るためという、たった1つの希望のためにあらゆる困難を耐え抜き、スプレンディドたち5人の妻をここに連れてきたフェリオサが、その姿を見て絶望したのは当然。しかし、すべての希望を失っているマックスの方は冷静だから、希望のために何をするかという選択ではなく、とにかく生きる可能性を高めるためにどうすべきかという視点から、あっと驚く提案を。
 それは何と、あの脱出してきたジョーが支配するシタデル砦への反転策だ。つまり、ジョーがウォーターボーイズの主力部隊を率いてシタデル砦の外に出ている今、砦は手薄になっているから、逆にそこを攻めて砦を占拠し、水と食料をぶんどってしまうというものだ。なるほど、なるほど・・・。今やフェリオサの良きパートナーになっているマックスが取ったこの反転策は、まさに「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の教訓を実践するものだったから、フェリオサもニュークスもその策に同意。しかして、本作ラストのクライマックスは、再びウォー・リグに乗ってシタデル砦に疾走反転するマックス、フェリオサ、ニュークス連合軍と、それに襲い掛かるジョー率いるウォーターボーイズの戦士達という構図になっている。
 行く時もそうだったが、帰る時も「ドーフ・ウォリアー」と呼ばれるドラムと巨大なスピーカーを搭載した「ドープ・ワゴン」の上に乗って、ジョーの出陣祝いを鼓舞する、言わば軍楽隊や陣太鼓のような役割担う部隊がジョーの乗った車「ギガホース」に随行するのはご愛嬌だが、これはこれで戦意を鼓舞するから有意義だ。さあ、前半の追跡劇に引き続いて、本作クライマックスとなるマックスたちの反転とその追跡劇の迫力ある実写アクションを楽しみたい。

<統治システムの描写は?VS『猿の惑星』シリーズ>
 映画は所詮作り物でドラマだから、結末は概ね予想どおりになるものが多い。本作はその独特の世界観が最大のポイントだが、『マッドマックス』シリーズとして、本作に続く5作目、6作目が予定されている以上、マックスが死ぬことはありえない。しかし、フェリオサは?またニュークスは?さらに、最大の敵役であるジョーは?本作のクライマックスとなるラストの反転劇とその追跡アクションではそこらあたりに注目したい。
 ここで私が問題とする「統治システム」について述べるために、あえてネタばらしをすれば、結局ジョーは死亡し、瀕死の重傷を負ったフェリオサはマックスの治療によって回復し無事シタデル砦に帰還できることになる。ジョーがシタデル砦を拠点として民衆を支配できていたのは、何よりも豊富な地下水と食料を独占していたため。そしてまた、民衆支配のために自らの神格化に成功し、あたかもヒトラーにおけるナチスドイツ親衛隊(SS)のように武装集団ウォーターボーイズをうまく活用したためだ。すると、トップに立つジョーが死んでしまうと、その「統治機構」は一体どうなるの?
 『猿の惑星』シリーズの第一作が登場したのは1968年だが、以降このシリーズでは、猿VS人間の戦争シーンの他、人間社会VS猿社会の「統治機構」の描き方が大きな焦点になっていた。それに比べると、ジョーの死亡が民衆に報じられ、ウォーターボーイズの「大隊長」であったフェリオサがシタデル砦に帰還してくると、ただちにこのフェリオサがジョーにとって代わる統治者のように迎えられたから、その姿に私はビックリ!いくら本作が独特な世界観と実写アクションに特化したエンタメ作品といっても、この統治機構の描き方は少しいい加減すぎるのでは・・・。
 もっとも、そんな私の不満は枝葉末節のこと(?)だから、私の採点では本作は星5つ!
                                  2015(平成27)年8月21日記