手形協会青年部会研修会講演(大阪厚生年金会館)

「経営者に求められるもの」

2003(平成15)年9月26日

<はじめに>
 ご紹介頂きました弁護士の坂和です。90分間、目一杯しゃべるつもりで事前にたくさんの資料を準備しました。私の話を聞きながらその資料を参考に見てもらいたいと思います。今日は、「経営者に求められるもの」というテ−マに沿った、坂和流の「漫談」をやりたいと思っています。

<吉野正三郎弁護士のこと>
 今年6月13日の講演で吉野正三郎弁護士が「弁護士介入に臆するな、堂々とみなし弁済を主張しよう」というテ−マで、「みなし弁済」を法廷できちんと主張していくことが大切だと主張しているのを聞きました。私は、吉野正三郎弁護士が金融業者側、商工ロ−ン側の弁護士として、いろんな場所で「活躍」しているということを消費者保護サイドの弁護士から聞きました。彼は、基本的には、「あいつはけしからん奴だ」という評価をされています。従って、私も噂話しか知りませんでしたが、そういう噂話を聞いている限り「金儲け主義の悪徳弁護士」というイメ−ジがありました。しかし彼の講演を聞いて、「実は全然違う。すごく真面目に勉強しているし、言っていることも筋が通っているし、私もちゃんと勉強せなアカン」とあらためて思いました。彼がその講演で紹介していた、早稲田大学の坂野友昭教授の「消費者金融市場における上限金利規制の影響」という論文は、上限金利を規制することは必ずしも消費者にとってプラスではないことを実証的に明らかにしている、とのことでした。そこで私も「そうかもしれない」、「確かに理論的に考えてみればあり得るだろうな」と思って、すぐにこの論文をインタ−ネットで検索して勉強しました。そういう意味で、私は吉野正三郎弁護士は講演ですごく立派な主張をしていると思いました。

<本音の議論の必要性>
 もう一つは手形協会のニュ−スなどを見ますと、パラリ−ガルの岡田好弘さんが貸金業法43条の解釈問題をいろいろと解説しています。しかし、私に言わせれば、43条の解釈問題は理論的には決まりきっているもので、そんなに難しい話ではないと思います。問題はどちらサイドに立って、どの程度一生懸命にそれを活用していくのかだと私は思っています。今、基本的に世の中は、「弱い者の味方」の流れになっています。例えば中之島公園を歩いていると、青いテントがいっぱいあります。私はすぐ近くに住んでいますので、日曜日にジョギングに行くと腹が立ちます。しかし、「青テントを撤去しろ」と言いますと、「あいつは弱者に対する心配りがない」「けしからん」「権力主義者だ」と言われてしまいます。だからそういう本音の話ができない、という流れになっているわけです。しかし私は青テント問題にしても、消費者金融の問題にしても、絶対に本音の話をやらなければならないと思っています。吉野正三郎弁護士が言う、「借りるだけ借りておいて、何年も経ってから、高く取った金利を返せというのはおかしいではないか」、という話も理解できます。もっともそういう問題について自分が先頭に立って旗を振ってやっていくかどうかは別問題ですが、そういう本音の話をしなければならない、ということは強く訴えたいと思います。だから、本日の『経営者に求められるもの』というタイトルの講演、結論はレジュメ5ぺ−ジの「第12 坂和が経営者に求めるもの」に書いているとおりです。「1に体力、2に気力、3、4がなくて5に知力」というスタンスで私もやっているし、皆さんの会社の経営もこういうスタンスでやらなきゃならん、これが第1です。第2の客観的情勢分析とか、第3の決断力とかについては、後で申し上げますが、第4の「建前を排除して本音の議論をしていく」、これが経営者として最も必要なものだと思っています。だから今日は「全て本音の議論をしようよ」というところに話しを結びつけていくつもりをしています。

<本日の新聞記事アレコレ>
 私は講演のときいつも「情報収集が大切だ」という話をします。本日もお配りしている新聞ファイルのように、私は毎日、新聞記事を切り取って整理をしています。作業をするのは事務員ですが、朝日・毎日・産経・読売・日経の5つの新聞に全部目を通し、ビリビリと破り、これとこれという形で整理をさせているわけです。今日も5紙全部見てきました。武富士が1億1300万返還ということで和解をした、という記事が皆さんにとって最もホットなニュ−スだと思います。これは読売新聞だけに載ってます。次に、北京でオリンピックに向けたまちづくりをやっていますが、そこでは、中国流の再開発をやっています。○○の競技場をつくらなければならない、△△の宿舎をつくらなければならない、××に道路をつくらなければならない。そのために北京というまちの大改造がなされているわけです。日本には,都市計画法を中心とするまちづくりのためのたくさんの法律があります。しかも日本は、先程申し上げたように、「国民の権利を擁護する、人権に配慮する」国ですから、「お前あっちいけ!」とは簡単にできません。そのため1つの道路をつくるにも時間がかかり、1つのまちを改造するのがどれほど大変かということです。しかし北京ではそれは簡単にできる。極端なことを言えば、共産党のボスが「鶴の一声」で「○○に△△をつくれ」と言えばそれが通るということになっています。もっとも最近はそれが多少変わってきているようです。朝日新聞の記事は、北京のまちの改造のために「お前出て行け」といわれた人が、行き場がなくなり、抗議の焼身自殺をしようとしたということです。これは朝日新聞だけの記事です。その他もろもろ、その日その日のいろんなニュ−ス、情報を、自分の目で、自分の興味で、自分のスタンスで見ていく。それを集めて分析していくことがどの経営者にとっても必要です。そういうことにトロくさい人は、取り残されてしまうことになります。

<政治問題、金融問題>
 今年の9月のはじめ以降の新聞記事には皆さんも興味を持っていたと思います。それは自民党の総裁選挙、そして小泉内閣がどうなるのか、党役員人事がどうなるのかが中心でした。そして安倍幹事長の実現という「アッと驚くタメゴロウ」となったわけです。昨日は、民主党と自由党の合併の発表。そしていよいよ総選挙の投票日も11月9日に決まる予定です。そうすると、今年2003(平成15)年という年は、11月9日の総選挙で日本がガラッと変わる可能性がある年なのです。あるいは逆に小泉体制が固まる可能性もある。そのどちらになるのかの大博打の年だと思っています。そういうことに興味を持ってきっちりと見ていく。そして日本の行く末を自分なりに考えていく。こういうスタンスがどんな経営者にも必要だと思います。金融問題は、皆さんが最も興味のある分野でしょうが、実はこれが非常に難しい。43条弁済という1つの法律の1つの条文の解釈だけならそれほど難しいことではありません。しかし、デフレ克服はどうやったらできるのか、あるいは、竹中平蔵さんが経済財政担当大臣と金融庁の大臣を兼務のままで行くと銀行に対してどんな波及効果が出てくるのか、日本の今後の景気立て直しにとってプラスになるのかマイナスになるのか、それはすごく難しい問題です。しかし経営者たるものは、そういうことをちゃんと勉強していかなければアカンと思います。経営者としていろいろなアンテナを張っていく、それが必ず自分の会社にとっても役に立つし、それがひいては日本全体の力を高めていくことに役立つと私は確信しています。

<なぜ、弁護士がそこまで・・・?>
 ところで皆さんは、なぜ弁護士がそんなことまで言うのかと、きっと不思議に思われると思います。そもそも弁護士の仕事は何をやるのかというと、@一生懸命、民法、商法、刑法などの法律を勉強する、A一人一人の依頼者の相談を聞いて、裁判になるものは裁判を起こす、相手と交渉するものは交渉をする、そして問題、事件を解決していく、Bそれによってお金をもらう、ということです。だから単純に言えば、1つの争いごとの事実関係をきちんと聞いて、理解し整理する能力さえあればそれでできるわけです。また「法律の当てはめ」というのも、そんなに難しいわけではない。まあ、お金を貸したとか借りたとか、家を出ていけとか、手形が決済されないとか、あるいは不動産を売ったのに金を払ってくれないとか、多くの一般民事事件はそんなに難しいことはないわけです。しかしそういう問題の処理を基盤にした上で、弁護士として「世の中」にどう向かっていくのか、あるいは世の中のさまざまな問題点について自分なりにどう解決していくのか、こういうことに興味を持つと、とてもじゃないが、大学で勉強した法律だけでは追いつかないことになります。

<一級弁護士と二級弁護士−消費者問題>
 そういう意味で、弁護士も一級弁護士と二級弁護士に区別すると、一般事件だけをしているのが二級弁護士で、それを超えて、新たな先端の問題を提起して解決していくとか、運動のリ−ダ−シップをとるとか、理論的な提言をすることができる弁護士が一級弁護士だと私は思っています。分野はいろいろあり、皆さんと敵対する関係にあるのが消費者保護の分野で活躍する一級弁護士です。もともと消費者保護の分野の問題は一級弁護士の活動領域だったのに、最近は二級弁護士もたくさん入ってきています。この分野に入ってきている二級弁護士は、自分の事件のネタとして顧客をつかもうとしている弁護士だと私は思っています。昔の消費者問題で問題提起をした弁護士はそうではありませんでした。一番最初にサラ金問題で金利がメチャクチャ高いと問題提起をしたのは木村達也(23期)という大阪の弁護士です。私が26期ですので、少し先輩でエネルギッシュな活躍をした弁護士です。また今はもう全国区となった三木俊博弁護士(27期)。消費者保護やサラ金問題の分野で最初に問題点を切り開いていった人はすごく勉強したし努力もしました。ところが最近は弁護士の数も増えているということで、この分野が商売のネタになっているわけです。私が数年前に東京に行ったとき驚いたのは、電車の出入口のドアに弁護士の広告があり「サラ金の相談は是非わが事務所へ」とあったことです。パラリ−ガルをたくさん集め、大きな事務所をブ−スで仕切って、一件いくらという形で大量処理をして、負債整理を商売として弁護士事務をやっている事務所もあります。私はそれが必ずしも悪いとは言いませんが、好きではありません。先人が切り開いていった問題を、後輩は大量処理で数だけ処理をしてお金を稼ぐということでは、何のために弁護士になったのかと私は疑問に思います。弁護士というのはもっと先端的な問題を解明していくところで能力を発揮しなければならないと思います。

<弁護士としての各種のスタンス>
 そういう意味でレジュメ1ペ−ジの「第3 弁護士としての各種のスタンス」というところを話したいと思います。はじめに話したように、吉野正三郎弁護士は貸金業者サイドを代表する弁護士です。それに対して、今は「クレサラ弁護団」と呼ばれている、昔の消費者保護を目的とした弁護団があります。実は昔から、日本が民主主義の国、資本主義の国である以上、「労使の対立」がありました。その中で弁護士の最も極端な対立は、今は死語となった「ブル弁(ブルジョア弁護士)と労弁(労働弁護士)」です。私が学生時代に勉強をしている時にはその対立がありました。その後、私が司法試験に受かった頃に目指したのは、公害問題で、世のため、人のため、社会のために役に立つ弁護士になろうということでした。弁護士になってお金を稼ごうとは全く思っていませんでした。昭和40年代ですがイタイイタイ病、新潟水俣病、四日市公害など、田中角栄内閣による日本列島総公害化、日本の高度経済成長政策の中で吹き出た矛盾を弁護士という立場でどう解決していくのか、その当時の私の頭の中は、被害者の救済のために法律の理屈をどうつくっていくのかでいっぱいだったし、そのために自分が役に立ちたいという理想を抱いて勉強しました。そして司法試験に受かった後、私はすぐに大阪国際空港公害訴訟の弁護団に入って、弁護士1年目から証人尋問をしました。この事件が5年程経って最高裁判所に行き、作業が落ち着いたため、今度は西淀川の公害被害者側に立って活動や勉強をし、その後は公害問題から環境問題というテ−マに移りました。そして環境問題から更に大きく地球環境保全という大きなテ−マにかわってきました。日本の公害はギルティ(犯罪的)だと世界が評価していました。企業の利潤のためには有害物質を垂れ流しても構わないと認められていました。しかし次第にそういうギルティな公害は無くなり、地球環境破壊、オゾン層破壊など皆が一致する公害環境問題に変わってきましたが、あの当時は大問題でした。そしてその西淀川の喘息などで苦しむ公害被害者をどうやって救うのかというテ−マで活動を続け、結果的に西淀川で煙を出している企業や道路の管理者を相手に裁判をおこしました。それを起こした時は、勝てるとは思いませんでした。ところがそれが5年経ち、10年経ちやっていく中で、尼崎の国道43号線の裁判や東京の川崎の裁判等で損害賠償が認められるようになってきました。それだけ世の中も変わってきたし、弁護団の努力もありました。それまでは不法行為があっても損害賠償はできるが、差止めは理論的には無理だということになっていました。しかし、それはおかしいし、なんとかそれを乗りこえなければならないということで、一生懸命西淀川での公害差止めの理論を勉強して、アイデアを出したり、いろいろな学者と論争をしたりということをやりました。このように、私が弁護士になった昭和40年代は公害問題が非常に大きなテ−マでした。その当時は労働問題は少し下火になっていたわけです。昔流の労使対決やメ−デ−が無くなり、社会構造が変わってきていました。そしてその後に消費者問題がでてきました。私が弁護士になって5年ぐらい、昭和54年ごろからサラ金の高金利が問題になって、弁護士の活動が始まりました。

<都市問題>
 私の興味はその後、公害問題から都市問題というテ−マに移りました。大阪駅前ビルの問題、再開発の問題です。駅前第2ビルという大阪市がやった再開発事業は、大阪駅前にあった汚い闇市を壊して綺麗な高層ビルを建てるという事業です。それによってビルはできたけれども中に入っている商売人たちの商売が成り立たない。これはなぜ?という問題です。ビルの中は冷暖房完備だが費用がかかりすぎる、綺麗な噴水をつくったが維持費が高い、再開発ビルなので権利を持っている人が残るといえば残さなければならない、ということで、実は蓋を開けてみると、まちの統一とか、ビルの統一が全然考慮されていないビルができてしまいました。要するに、人が入ってこない、人が入ってこないから商売が成り立たない、そのくせ維持費が高いから商売にならない。そこで大阪市に「これは困る」と言いに行ったら、大阪市は「私達は都市再開発法という法律に基づいてまちを綺麗にしたしビルもつくった。その後お前たちの商売が成り立つかどうかはお前たちの自助努力の問題だ。商売がうまくいくかどうかまでは知らない。」と言いました。これは一見説得力があります。まちづくりの法律は単にそういうことを決めているだけだからその通りだと思います。しかし、果してまちづくりとはそんなものでいいのかと思ったのが私の興味の出発でした。そこからそれまでずっとやってきた公害問題からまちづくり問題に私のテ−マが広がったわけです。私はまちづくり問題は弁護士にとって非常にやりがいのある大きなテ−マだと思い、研究会をつくって、若い弁護士を集めて、全国ネットで研究会を組織してやろうと思い少しやりかけました。しかしそこに入ってくる人たちの数が少なかったため残念ながらそれ以上は大きくなりませんでした。今でもこの分野で活動している弁護士の数は少ないです。これはなぜかと考えると、難しいからです。日本の都市計画の法律を勉強することは、私の一生のテ−マとなっています。しかしまちづくり法の全体的な法体系をどうやって勉強していくのかはすごく難しいし、これをやっても自分の商売は成り立たないため、多くの弁護士は興味があってもなかなかついていけないという状態です。

<まとめ>
 最初は労使対決で弁護士が右と左に分かれていた。その後、私の時代は公害問題で公害の被害者の側に立つ弁護士と公害をたれ流す企業を擁護する弁護士と分かれていた。そして消費者問題がおこり、消費者側に立つ弁護士と金融業者側に立つ弁護士に分かれた。こういう形で世相を反映しながら、大きく弁護士が分かれるわけです。もちろん一般的な弁護士の仕事でも、原告と被告に分かれてケンカをします。そういう意味では弁護士は原告と被告、青コ−ナ−と赤コ−ナ−に分かれて殴り合い、どつきあいをすることに慣れています。この普通の殴り合いは二級弁護士でもできます。しかしそれ以上のチャンピオンを争うボクサ−になるためには、それ相応の特殊能力を磨かなければならないのです。

<中坊弁護士たちの活躍>
 
弁護士で最も有名な人は中坊公平氏で、昔、豊田商事の破産管財人をやっていた弁護士です。その後、住宅金融専門会社(住専)の問題が起こった時に、住管機構(その後整理回収機構・RCC)の最初の社長に就任しました。中坊弁護士の後は鬼追明夫弁護士が後を継いでRCCの社長となりました。豊田商事の破産管財人を中坊弁護士と鬼追弁護士達がやりました。そういう意味では、大阪の弁護士が日本の弁護士のリ−ダ−シップをとっています。日本の金融問題の膿であった住専問題、不良債権問題に弁護士が切り込んでいき、日本全体のリ−ダ−シップをとっていったということで、大阪の弁護士はすごい役割を果たしたことになります。最近新たにできたのが最近の新聞記事で特集している産業再生機構です。この担当大臣は谷垣大臣でしたが、今度は財務大臣になりました。産業再生機構は何をやるのかといえば、銀行の不良債権を産業再生機構が買い取って、立て直しができると見込んだ企業について、その立て直しのために動くということです。現在、どの会社でやるかについての各種のプランがでています。産業再生機構が現実にどういう役割を果たすことができるかどうかが今後の興味です。この産業再生機構の中にも弁護士がたくさん入っていますが、その代表格が倒産法の権威である高木信次郎弁護士です。この高木弁護士が産業再生機構の委員長になって、若手の弁護士をたくさん集めてやろうとしています。これがうまくいくかどうかについて、私は正直、疑問を持っています。民事再生法という法律がゴルフ場が潰れる前にできて、ほとんどのゴルフ場にこれが適用されていますが、何でもかんでも民事再生法を使ってうまくいくのか疑問を持っています。この民事再生法をつくったのも、大阪の田原睦男弁護士等で私の少し先輩です。

<群れることの意義>
 中坊弁護士は盛んに「群れなさい」と言いました。弁護士という職業は誘惑が多い職業です。その誘惑に負けないためにも、中坊弁護士は、弁護士が弁護士会でいろいろな活動をすること、グル−プに入ること、研究会に入ること、弁護団に入ることで「一匹狼になるな」と言いました。確かにその効用はあります。大阪空港や西淀川の弁護団をやっていますと、夜6時に通常の仕事が終わった後に弁護団会議があります。日曜、祝日は弁護団の合宿になるため、休みがない。弁護士が楽してお金を稼ぐと、時間があるのでどこにでも遊びに行けます。実は中坊弁護士の愛弟子だった木村沢東弁護士は、ある時からお金に溺れ、今では弁護士をクビになっています。そういうことがこれからもっと増えてくると思います。そういう状況の中で皆さんがどういう弁護士を選ぶのかは、経営者として非常に重要な眼力になってくると思います。

<戦後58年、日本の民主主義>
 私が問題意識としてもっている統一テ−マは、戦後58年の今、日本をどう変えていくかということです。つまり日本は民主主義国家ですが、その民主主義は機能しているのかどうかという問題です。
 レジュメ3ペ−ジは金融問題についての私の視点です。その中の第4の土地バブル、不良債権、失われた10年をどう認識するかというのがどこでも言われているキ−ワ−ドです。ところで皆さん、よく考えてみると土地バブルはなぜ起こったのかということは既に半分、忘れていると思います。日本人というのは、熱しやすく冷めやすい人種だということを認めなければ仕方がないと思います。日本では中曽根総理の時ア−バンルネッサンスと言われました。ここからバブルが始まったわけです。それ以前の地価高騰は田中角栄内閣の日本列島改造だし、更にその前が池田勇人内閣の所得倍増計画で、日本を経済成長させていく中での地価高騰がありました。戦後58年というテ−マで日本の都市問題を考えるについては時代区分を考えることが必要です。中曽根内閣の後、面白いのは細川内閣ができたことです。二大政党制を前提とした今度の選挙では日本がひっくりかえる可能性があります。しかし本当はそれが10年前の細川内閣のときに実現しかかっていたのです。あの時、小沢一郎さんが短気を起こさずにやっていたならば、日本の社会はもっと違う形になっていたはずです。しかし結局はそこから10年間、自民党の単独政権や自民党の連合政権ができて、変わらなかった。それが今度、もう一度変わるかどうかということです。中曽根内閣の時、日本人は皆、一億総不動産屋となって浮かれました。その時土地を買わない人は変なやつだったわけです。その土地バブルがなぜ潰れたのかというと、銀行が不動産融資の総量規制ということで、不動産を買うにつき銀行が金を貸さないと言ったためです。そこからまずはじめに住専が、その次に銀行、そして保険会社というように次々潰れていき、どんどん、失われた10年、15年が始まりデフレになりました。
 私は弁護士という立場であの当時、都市政策やまちづくりのあるべき姿という観点を勉強していましたが、実は土地基本法という素晴らしい法律をつくろうということで、理念としての土地基本法ができました。「土地の所有には利用の義務が伴う」という当たり前のことが書かれたわけです。今までその当たり前のことが日本では無視されていました。土地を転がせば儲かるからそれでいいという経済採算性が優先して土地の理念を日本人は誰も語らなかった。まして法律論にはならなかった。そういう意味で、いくら法律論を展開しても意味がないという無力感がありました。

<『金融腐食列島・呪縛』>
 私の映画評論に『金融腐食列島・呪縛』があります。これは朝日中央銀行の頭取による大物総会屋への不正融資問題が描かれた映画です。なぜ頭取が不正融資をしたのかといえば、頭取が裏で儲けをもらうからです。こんなけったいなことが大銀行でまかり通っていたわけです。そしてそれがまかり通るために銀行員は何をやっていたのか。あの当時の流行り言葉は、「MOF担(大蔵省担当の銀行マン)」でした。MOF担の仕事は何かといえば、大蔵官僚への陳情と接待です。接待で有名になったのがいわゆる「ノ−パンしゃぶしゃぶ」です。ノ−パンしゃぶしゃぶに接待して情報を集めるのです。このような形で全ての分野で、政界と業界との癒着、官、政界と銀行との癒着がおきていました。この日本社会のシステムは今も何もかわっていません。ここであえて苦言を呈すると、皆さんはいわゆるロビイスト活動をやっています。金融業者として、貸金規制法についてこんな改正をされたら困る、そのためには国会議員を俺らの味方にしておかなければならないためです。そういう意味でのロビイスト運動、国会議員を自分たちの陣営に引き入れるための活動は、政治献金を含めていろいろな業界がやっています。考えなければならないことはその是非ですが、これが全部悪いわけではない。アメリカの民主主義もロビイスト活動で成り立っています。しかし日本と何が違うかといえば、透明なことです。日本は戦後はじめてアメリカ流の民主主義が入ってきました。従ってまだまだ日本の民主主義は歴史が浅い。私が大学で「まちづくり法の政策」の講義をしたときも、最後のテ−マは戦後58年と民主主義のテ−マでした。今の若者の無作法や民主主義についてきちんと問題提起をして対応していかなければ日本社会の立て直しができないと思います。この問題と日本のデフレ脱却ができるかどうかという問題は同じだと思います。今回、内閣が変わりましたが官僚は変わりません。また大臣が変わって権力の基盤が多少変わったとしても、官僚を動かすだけの大臣が本当にいるのかどうか疑問です。私は国土交通大臣になった石原伸晃大臣に期待していますが、本当に打たれ強いのかどうか、100日間は黙って見ておくのがアメリカ流の民主主義らしいので100日間は見ておきたいと思います。しかしそれで何もできなかったら終わりだと思っています。そうなれば自民党自体も分裂するだろうし、また新しい社会になると思いますが、今の小泉改革でそれができてきたらすごいことだと思います。金融問題は法律制度の問題よりも、もっと生のものだと思います。皆さんが自分たちの企業利益のために「最高の金利を下げてもらったら困る」と働きかけることも一つの仕事として必要です。しかしそれとは違う、一級金融屋と二級金融屋とに分ければ、自分の会社の維持経営だけでなく、ト−タルとしての金融業界を成り立たせるために「日本の金融業界はどうあるべきか」ということを提案できる一級金融屋となるように勉強してもらいたいものです。弁護士会でも最近、ロビイスト運動が盛んで、弁護士政治連盟ができ、さかんに弁護士を勧誘しようとしていますが、まだ5パ−セント位の弁護士しか入っていません。

<不良債権処理と公的資金の投入>
 金融問題は今や日本が生きるか死ぬかの問題になっています。平成8年2月に司馬遼太郎さんが亡くなる時に、住専の問題が発生し公的資金投入の是非論が問われました。その時の公的資金は6850億円という単位です。その当時は驚いた金額ですが、現在ではりそな銀行に投入する公的資金が2兆円ですから、その金額はケタ違いです。面白い本が『あの金で何が買えたか』という小説家、村上龍が書いた本です。住専の6850億円に始まって、銀行、ゼネコン、保険会社などに次々と公的資金を投入しました。それが何千億という単位です。その何千億のお金があれば一体何ができるのかということがこの本に書いてあります。いろいろな例があります。青木建設に対して債権放棄した額が大体2千億円ですが、このお金があれば何ができるかといえば、アメリカの代表的なラジオ局が100局(1920億円)買えるということです。もし日本が青木建設に2千億円の公的資金を投入するのをやめて、アメリカのラジオ局を買うと、アメリカでかなり勢力を伸ばすことができます。また、ラオス、カンボジア、タイの麻薬を買い占めることも何千億というお金があればできます。朝日新聞の一面に毎日10年間、全面広告を載せるには1095億円でできます。それほど何千億というお金はすごい金額ですが、あの当時は皆、金銭感覚が麻痺していたこともあり次々と公的資金の投入が行われていたわけです。最初の投入の是非の判断が大切だったし、公的資金投入の是非論についてきちんと議論していれば、不良債権の発生はなかったはずです。現在、竹中大臣が小泉総理の命令を受けて不良債権処理をやっていますが、なぜここまでこなければできないのかが問題なのです。宮沢大蔵大臣の時にもできたはずですが、問題を先送りしてしまい、結局は現在に至っています。その意味で橋本元総理と小泉総理の目指している改革は基本的に同じです。橋本元総理も財政構造改革元年と唱えて、不良債権処理をする、借金までして行っていた公共事業をやめる、と頑張ったわけですが、その時、反対の大合唱が起こりました。それでも橋本元総理は5大改革をしようとしましたが、選挙で負けたため退陣しました。この時期に橋本元総理の5大改革が進められていたら、現在の小泉総理の時にはかなり改革が進んでいたことになります。このような認識はどの政治評論家の話しを聞いても概ね同じと思います。もっともそれを、自分の勉強、自分の切り口で、どこまで自分がつかめているかが問題です。だから毎日、自分が情報収集をする中で勉強していくことが大切です。

<小泉改革>
 不良債権問題、金融再編問題、道路改革等の問題で小泉総理がやろうとしていることは基本的に私は大賛成です。残念だったのは細川連立政権ができたときに、日本が変わるかもしれないとの期待がしぼんだことです。細川政権の時も自民党抵抗勢力のキ−ワ−ドは既得権益です。これはいつの時代でも同じ。これがキ−ワ−ドです。人間は自分は改革者だと思っていても、一方では既得権力擁護者です。いつも自分がどんな役割を果たすのか自問自答していなければなりません。日産の社長のゴ−ンさんは改革をうまく成功させたため、もてはやされています。これは阪神の星野監督が今もてはやされているのと全く同じです。しかし来年、阪神が最下位になると星野監督は非難されることになります。結果責任は必ず受けとめなければならない宿命だと思います。この結果責任をわかった上でリ−ダ−シップを取る人がいなければならないのです。そういう意味で、小泉内閣が目指しているものについての意見は一致していますが、既成の枠組みの中でうま味をもっている人はこの改革を潰す側にまわります。小泉総理は抵抗勢力のあぶりだしが上手で、この間の抵抗勢力のドン、野中広務さんの動きを見てもすごいと思います。

<経営者に必要な資質>
 レジュメ4ペ−ジ「第6 経営者に必要な資質」に「日本の政治家比べ(小泉、野中、亀井、菅、鳩山、小沢etc)」と書いていますが、ここで野中さんが一人脱落しました。9月26日に発売された『週間現代』の記事に「自民党の仁義なき最終戦争、次は亀井と古賀がつぶされる」という、ものすごくいい記事がありました。小泉総理は政策よりも政局が好きだと言っていますが、考えてみればレジュメに書いてある織田信長、豊臣秀吉、徳川家康も政権交代と権力闘争をやってきたのです。項羽と劉邦の2人にしても、「両雄並び立たず」とのことで、当初は二人が力を合わせて頑張ろうと一緒に頑張ってきたものの、しょせん二人がトップに立つ事はできず喧嘩別れしてしまいました。明治維新の時も、最終権力を握ったのは大久保利道であり、西郷隆盛は途中で賊軍になってしまい、坂本竜馬は若くして死んでしまいました。生き残った下っぱの連中が明治国家をつくりました。政局はどの人間が生き残るかによって変わってくるもので、政治とはそういうものです。政治ドラマはその意味で面白いものです。いつもいつも面白い政治ドラマは見れませんが、今年の9月に展開された政治ドラマは面白かったです。もっとも映画を見ると、いろいろな政治ドラマ、恋愛ドラマ、殺し合いドラマその他いろいろなドラマが見れます。そしてそういうものから勉強できることがいっぱいあります。小泉改革を考えるにも政治ドラマが必要、政治ドラマを勉強するためにも映画を観ることが必要です。

<坂和流映画評論>
 レジュメ最後のペ−ジは映画評論のパ−ト1、パ−ト2の映画評論をまとめたものです。次は、1作毎の評論ではなく、テーマ毎に坂和流の問題提起をして、法学部の学生向けに映画ネタの本をつくって一儲けしようかと考えているところです。法律ネタになるのは例えば「第2の死刑制度を考える」について、日本の映画では『13階段』、また『ライフ・オブ・デビット・ゲイル』という難しい映画もありました。心神喪失、無罪というテーマでは『刑法39条』が、保険金詐欺のテ−マでは大竹しのぶが出演していた『黒い家』という日本の映画があります。こういう法律問題を映画ネタに取り入れて、こんな問題なんだと興味をもたせるわけです。「第20 情報の大切さは古今東西を問わず」は、どんな会社経営者にも通る話です。『聖なる嘘つき その名はジェイコブ』は迫害されたユダヤ人がゲットーに閉じこめられて、順番に死んでいく中、ソ連の解放軍が近づいているというラジオの情報をたまたまドイツの将校に呼ばれた時に聞き、その情報を流したことから生まれるドラマです。1台のラジオの情報が人間の命を奪いもするし、希望を持たせることもできる。1つの情報が人間の生死にいかに大きい影響を与えるかということを涙ながらに描いた映画です。劇団四季が今やっている『異国の丘』は、日中戦争の時代、日中戦争を回避をするため、近衛首相の息子が総理大臣の親書をもって中国の蒋介石の部下の大臣に持っていく話で、これは半分本当の話です。近衛首相の息子は大変優秀な人物で、留学したアメリカの大学でゴルフ部のキャプテンをしていました。しかし戦争前に日本に戻ってきて、「そういうことで役に立ってくれ」と父親から言われて中国に渡って活動中、憲兵に捕まってしまった。あの当時、懲罰徴兵という制度で総理大臣の息子であっても2等兵として満州に行かされた。その後戦争は終わったけれども、シベリアに抑留され、日本に戻りたいと願いながらシベリアの地で死んでいったという、これも涙涙の話です。ここで大切なことは、総理大臣の親書を命をかけて中国に持っていくということです。もしその情報が中国に届いたとしても、それで戦争が回避されたとは限りませんが、その情報伝達に命をかけたわけです。「第21 日本の医療制度を考える」では『ジョンQ』という映画があります。自分の息子が心臓病にかかっていることがわかったが自分は保険に入っていない。心臓の手術には莫大な金額がかかる。保険に入っていないからどの病院も診てくれない。そこで医者を拉致監禁して病院に立てこもって「手術をしろ」と脅したわけです。これは刑法では逮捕監禁、業務妨害、傷害罪や殺人未遂罪に当たります。しかし人間の子供に対する愛がいかに大切か、そのためには犯罪を犯してもいいのかというテ−マと、今の日本の医療保険の問題にもつながっていきます。私はこのような映画ネタから、法律問題、社会問題の勉強、あるべき姿の追及の解説というところに持っていきたいと思っています。

<裁判員制度>
 裁判員制度をこれから日本が導入します。アメリカ、ヨーロッパでは陪審員制度です。日本は職業裁判官がすべて有罪、無罪を決める、民事事件では勝ち負けを決めることになっています。アメリカの陪審員制度については有名な『12人の怒れる男たち』という陪審員の合議を描いた映画があります。その日本バ−ジョンが『12人の優しい日本人』です。『裁判員−決めるのはあなた』は日本でできるであろう新しい裁判員制度をかなり理想的な形で描いています。石坂浩二が職業裁判官として裁判員としてでてきた人をうまくまとめ、論点を整理しながら、有罪か無罪かを決めていくドラマです。こういうドラマになると予想できるのは、裁判員が集まってきても不平不満だらけ、早くこんな事から逃れたいと考えている人に対して、「人が人を裁く事の大切さ」を説き、最後は皆が協力して合議を進めていくわけです。裁判員制度とはこのような制度ですが私は、このような制度をつくっても日本ではなかなか機能しないと思います。アメリカの陪審員制度が機能しているのは、アメリカだからです。アメリカでは安全を守るのは保安官でした。その保安官は市民が選ぶもので、アメリカはもともと自治社会、自立社会で、これが民主主義の原型です。
 ところが日本では江戸時代の「大岡裁き」が有名です。大岡越前守が警察、スパイ、検察、裁判官、弁護人の全部を兼任していました。こんな便利な制度はあるはずがなく、役割を分担しなければできません。アメリカの保安官制度や陪審員制度の方が基本にのっとっているわけです。日本は明治時代になって新たな裁判制度をつくり、裁判官は法律を勉強したすごい人という幻想をつくりあげてしまった。その幻想が明治以来ずっと続いていましたが、戦後アメリカの制度が入った事もあり、特に刑事事件については大きく変わりました。しかし職業裁判官が裁くという基本は同じです。消費者金融に行って金を借りる時、どこにサインをするのか知らない裁判官が、騙されてサインしたと認められるなどという事実認定をしています。裁判官は何でもわかっているという錯覚の基に職業裁判官制度が成り立っています。それを根本から改めようとするのが裁判員制度です。これが根付くためには多くの議論が必要です。弁護士会は一生懸命頑張っていますが、全然議論はできていません。しかし制度だけが一人歩きをしてこれが実現されようとしています。多分、できた時には大問題となるでしょう。

<その他司法改革>
 今新聞で話題となっているロースクールの問題と、弁護士の増員問題があります。私の時代には司法試験に受かるのが年間500人ぐらいでした。弁護士になるのはその7割ぐらいで、3割ぐらいが裁判官と検事でした。今は弁護士が増えた事もあり、依頼者にこと欠いている状態です。弁護士も消費者側で過払金返還訴訟をするので依頼者集めをしています。司法書士も簡易裁判所で事件ができるようになったという事で依頼者集めをしています。しかし私は仕事探しをやるのはあまりよくないと思っています。司法改革がどうなっていくのかについては、是非皆さんが興味を持ってみてもらいたいと思います。

<銀行を考える>
 レジュメ5ペ−ジに「第11、銀行を考える」と書いています。東京都では自前の銀行をつくるという話があります。先日は竹中大臣の懐刀として働いていた木村剛さんと東京のJCの人たちが集まって東京JC銀行をつくることが具体的に決まりました。この金利は3〜15パ−セントぐらいで、資金は定期預金を集めて調達します。今の銀行の定期預金よりも1パーセントでも上乗せしたら、信用さえあれば、預金は集まると思います。現実に機能してくると皆さんと競合してくるかもしれません。これは今の大手銀行の貸し渋りに対する警鐘になると思います。先日私は、病院経営者から具体的な事件として聞きました。それは銀行をリストラされた人物が、この病院の事務長として派遣されてくる。仕事はできないけれども、この人物をクビにするとその銀行から融資を受けられなくなるため、いらないとは言えないという話でした。こんな話が山ほどあります。中小企業向けの融資をタイムリーにやっていくことは当然小回りの利く銀行しかできません。ところが今の社会のように銀行が機能しない状況では、勇気を持って言えば、皆さんの消費者金融、小口金融の役割は必ずあると思います。今の状況を生かすのも殺すのも皆さんの能力次第だと思います。皆さんが今の消費者金融、小口金融の領域で生き残るために、経営者に求められる体力、気力を充実させて下さい。そして、私が今日いろいろな「漫談」を話したように、いろいろな分野に興味を持って情報を集めて分析をして下さい。そこから、こうあるべきという方針がでてくると思います。そこで大切なことは、決断力。そして、これをしてはいけないというタブ−(聖域)をつくらないことです。両者とも同じ事です。「建前を排除して本音の議論」、「競争社会は選別のチャンス」と書いています。今までのような護送船団方式では、競争する必要がなく守られていましたが、これからは自分の能力さえあれば生かせるという社会です。是非、生き残って、健全経営ができる経営者になってもらいたいと思います。以上が今日の『経営者に求められるもの』というテ−マでの坂和流「漫談」でした。どうもご静聴ありがとうございました。
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