はしがき

1. 1995.(平成7)年は、1月17日阪神・淡路大震災が発生し、震災復興
  まちづくりが全国民的に注目されるとともに、旧来の日本のまちづくり制度
  の不備が露呈された年であった。また3月20日の都心のど真ん中での地
  下鉄サリン事件の発生により、オウム問題が一大社会問題となり、マスコ
  ミは明けても暮れてもオウム報道に血眼になった。そしてまた1995(平成
  7)年は、1945(昭和20)年8月15日の敗戦(終戦)から50年の年となるた
  め、日米安保、政党政治、地方自治、教育、福祉等さまざまな角度から戦
  後50年の総決算が論じられた。

2. 大久保昌一相愛大学教授は、『都市問題研究』1995(平成7)年11月号
  の中で、敗戦の年たる1945(昭和20)年が民主国家への新たな出発とし
  ての第1回目の節目とすると、公害国会のあった1970(昭和45)年が2回
  目の節目、そして阪神・淡路大震災の1995(平成7)年が第3回目の節目
  であるとして、「都市論の明日」を論じている(同書3頁〜)。そして「戦後四
  半世紀を経た1970年が生産中心主義から括弧付きの生活中心主義へ
  の、そして団体主義から新個人主義への思想的転換点であったのに対応
  させて言えば、それからさらに四半世紀を経た1995(平成7)年は、括弧
  付きの生活主義から正真の生活主義へ、そして、新個人主義から共同主
  義(communalism)への転換が行われた節目であったと言えないであろ
  うか」と問題提起をし、阪神・淡路大震災はこれまでの都市論が、市民との
  関係で論じられることが少なかったこと、そしてこれからは「住民主体のま
  ちづくり」を単たるスロ一ガンではなく、都市の主体者としての市民が存在
  する都市論が必要であることを論じる。そして「おそらく、都市計画におけ
  る今後の都市論の中心テーマとして、都市と市民との主体的なかかわり、
  あるいは、かかわり方が取り上げられるようになるであろう」と述べる。

3. 私は1982(昭和57)年に大阪駅前再開発問題に関与して以来、都市問
  題全般に興味をもちはじめ、以降弁護士という立場から各種のまちづくり
  問題に関与し、実践してきた。そして、
  「都市再開発事業はなぜ駅前に集中するのか、零細な業者は事実上再開
  発ビルに残れないのはなぜか」
  「バブル期における地価問題、それに対する政府の対応や土地基本法の
  制定、これらは一体何だったのか」
  「まちづくりの各種相談を受けると必ず聞かされる行政と住民の対立はな
  ぜ発生するのか」
  「都市計画法や建築基準法その他の都市法制度はなぜこんなにわかりに
  くいのか」
  等々、まちづくり各種問題の実践の中で私の疑問は際限なく広がっていっ
  た。そのような中、1995(平成7)年1月17日の阪神・淡路大震災が発生
  した。阪神高速道路の橋げたが倒壊した映像も、延々と広がる火災に対し
  て何ら手のほどこしようがなかったという防災体制もショッキングなもので
  あったが、震災から数日を経た私の頭の中は、「震災復興まちづくり」のあ
  り方でいっぱいとなった。そんな中、震災2週間後に実施された建築基準
  法84条に基づく建築制限は、いよいよ具体的に復興まちづくりのあり方を
  模索する第一歩であった。そして私は、これ以降「阪神・淡路大震災後の
  復興都市づくりについての弁護士有志緊急アピール」の発表をはじめとし
  て、1995(平成7)年8月の『震災復興まちづくりへの模索−弁護士からの
  実践的提案』の出版、各地での学習とアドバイス活動等、目の回るような
  日々が続いた。とりわけ1995(平成7)年3月17日都市計画決定された各
  地区の動向は、私にとって大きな学習の場であった。すなわちこの動向を
  見つめ、議論を続ける中で、私は「まちづくり協議会方式による震災復興
  まちづくり」の意義やその歴史的位置づけを考えることができたし、「まち
  づくり法」という動的かつ積極的な法体系を国民によりわかりやすく解説
  することの必要性を痛感することになったのである。

4. 本書はそのタイトルを『まちづくり法実務体系』としたが、決して十分な体
  系書になっているものではないため、「体系」というタイトルには大いに気
  が引けるものがある。しかしあえてそのタイトルとしたのは、私たち本書の
  執筆者は、あくまでも、まちづくりという実践を自らの職能の中で展開して
  いく中で、その実務の体系を「まとめたい」という欲求があったからである。
  すなわち各種各層の研究者がまちづくりに関する多くの著書・論文を世に
  問うていることは十分承知しているが、残念ながらその中には、私たちの
  ように、まちづくりを実践していく中で本当に知りたいと思うまちづくり法を
  体系化したものは少ないのが実情である。これでは震災復興まちづくりの
  真っただ中にいる住民や、これを支援している多くの一般国民が、復興ま
  ちづくりをどう進めるべきか、思うとおりに進まない原因や背景はどこにあ
  るのか、その改善の途はどこにあるのか、等がなかなか理解できず、そう
  なれば結局復興まちづくりも一過性のものになり、住民主体のまちづくり
  は風化してしまう恐れが強い。1992(平成4)年に改正された新都市計画
  法で新たに創設された「市町村マスタープランの策定」を今後実質的に
  推し進めたり、住民主体のまちづくりを根づかせていくためには、何よりも
  まちづくり法の実務体系の理解が重要である。

5. 本書は、私からの本書執筆の問題提起を受けて、『震災復興まちづくり
  への模索一弁護士からの実践的提案』の執筆者4名を中心として、1995
  (平成7)年10月から急きょスタートし、とにかく1996(平成8)年1月末の原
  稿提出を至上命題とした。したがって本書の体系化の不十分性と各章に
  おける解説の不十分性は、誰よりも私を中心とする筆者らが自覚するとこ
  ろである。しかし私たちが本書をあえて世に問うた最大の動機は、「類書
  の少なさ」である。本書を読んでいただく読者諸氏には、何よりも私たちが
  本書の執筆を意図した動機を理解していただきたい。そして各種各層の
  専門家の方々には、本書を1つのたたき台として、よりわかりやすく、より
  体系的なまちづくり法実務体系の第2弾、第3弾を企画していただきたい
  と願っている。本書が、震災復興まちづくりを願い、実践している人々に読
  まれ、またまちづくりに関する法律・建築・都市計画等各種各層の専門家
  に読まれる中で、「お前たちの意図はわかった、しかしこの体系化はダメ
  だ。この理解は間違っている」という御指摘を受けることができれば、私
  たちには望外の幸せである。
   最後に、本書出版に当たっては、新日本法規出版の小池庄次さんに大
  変お世話になった。心から感謝したい。

   1996(平成8)年5月
                            編集者・執筆者代表
                            弁護士 坂和 章平