実況中継によせて
                 

 私は、ここのところ暇をみつけては街かどウォッチングにいそしんでいる。珍しい光景や昔懐かしいレトロな建物を探して街を歩くのは、何ともいえず愉快なものである。そしてこれぞという建物を発見すると写真に撮っておいて、あとで絵にしたりして楽しんでいる。住んでいる街の近所もいろいろなものを発見できてそれなりに楽しいのであるが、学会や出張で旅行に出かけたときなどは好機である。
 先日も、東京での研究会の折り、下町情緒を求めて東京の深川を歩いてみたのだが、そこで写真のような光景に出会った。建物自体は面白くも何ともない最近のよくある高層ビルなのだが、その横の看板が目についた。写真では少し読みにくいかも知れないが、このビルは総合設計制度を利用して建てられたと書いてある。いったい「総合設計制度」とは何であろうか。多くの人は、何のことか全く分からないまま、看板の横を通過していくであろう。しかし私は、少し前に本書のゲラ刷りを読んでいたので、ははあと合点することができた。詳しくは本書に譲るが、実は規制緩和の波に乗って作られたボーナス制度のひとつで、容積率を嵩上げしてデベロッパーのもうけを増やす錬金術が、この「総合設計制度」なのである。
 今や住民のほとんどはいわゆる都市に居住している。しかし、都市をとりまく法のシステムについては、多くの人は無関心である。「総合設計制度」くらいだと、ゼネコンやデベロッパー関係者が知っておればすむことで、われわれには関係がないと言われそうだ。しかし、自宅を建築しようとすると、そうはいかない。市街化区域と調整区域の線引きや、建物の斜線規制などにわかに法律のさまざまな制約に直面し、途方に暮れる人がいる。商店街の再開発が日程に上ってきたが、いったいこれからどういうことになるか当惑する人も、少なくない。また、あまり考えたくないことだけど、地震など不意の災害に遭遇し、復興の街づくりを考えなければならなくなることもありうる。そのような人たちに本書は、かっこうの手引きの役割をはたすだろう。

 本書は、1999年11月愛媛大学で行われた「都市法政策」の集中講義の模様を再現したものである。著者および本書のもととなった講義科目「都市法政策」について、ご紹介しておこう。
 著者の坂和章平氏は、大阪市で開業し活躍されている弁護士である。大阪空港公害訴訟や大阪モノレール訴訟、阿倍野都市再開発訴訟などで弁護団の一員として活躍した。都市問題をライフワークとしてさまざまな発言を続けているが、その一端は本書によって接することができるだろう。また、阪神大震災後の被災地復興では芦屋市中央地区まちづくり協議会顧問をつとめた。市民派であり、かつ行動派の弁護士といってよい。実は氏はまた、私の中・高校(愛光学園)および大学(大阪大学法学部)の11年先輩でもある。生まれた年(1949年)は同じだが、氏は早生まれ、私は遅生まれということで、学年で1年の差がついている。だからおそらく学園の中で擦れ違ったことも一再ならずあったに違いないと思うのだが、お互いにそれと知って挨拶を交したことはなかった。一昨年秋、母校愛光学園の同窓会で氏が「日本の都市法制とまちづくりを考える」という講演をされた折りに、名刺を交したのがはじめてであった。それを機縁として、今回「都市法政策」の集中講義をお願いしたというわけである。
 「都市法政策」という講義科目の由来についても、一言しておこう。愛媛大学法文学部の総合政策学科は、1996(平成8)年に法学科と経済学科が統合して生まれた新しい学科である。これまでの学問の枠組みにとらわれず、社会の中から問題を発見し、そしてそれを解決する能力を養成することをめざして、この学科は作られた。したがって法学の分野でも、いわゆる従来の法解釈学にとらわれず政策的アプローチを加味した授業科目をいくつか設けることとした。「都市法政策」もそのような科目のひとつとして設けられたものである。およそ「都市法」といっても、確と決まった法領域があるわけでない。都市計画法や地方自治法など行政法に属する法が多く対象となろうが、しかし借地借家法など民法的要素もかかわってくるし、金融関係で経済法、さらに税法なども関係してくる。また、実態としてどのように動いているのか(法社会学的考察)も、欠かすことはできない。そうすると、実際の街づくりの経験や、行政の衝に当る人の実践によって形成されてくる分野であるという要素も無視できない。すなわち、政策と一体になった法分野すなわち「都市法政策」として考えなければならないというのが、この科目を設けたコンセプトだったのである。
 
 こうして科目名は決まったが、これを担当する講師の選定は、困難をきわめた。自前のスタッフは無理とわかっていたので、非常勤講師をお願いするしかないが、どなたにやっていただけるか見当もつかなかったのである。このようなとき母校同窓会があり、その時の講演が氏に講師をお願いするきっかけとなったことは、既に記した。集中講義の際、坂和弁護士は、は、多くのレジュメは用意してくるし、昼休みの時間も惜しんで別室でパンをかじりながら準備をするなど、こちらがあきれるほど熱心に語りつづけた。学生に聞くと、いろいろな話題が出てくるし面白くて分かりやすいと、評判も上々であった。わたしたちはかっこうの講師をえたと喜んだものだ。そして今回、この集中講義の模様がこうして1冊の本になると聞き、喜びにたえない。
 著者も度々語っているように、日本の都市に関する法制度は難解きわまりない。対象となる事項自体が難しくて難解となることが避けられないというのであれば仕方のない側面もあるが、日本の都市法制はそうではなく、官僚がわざと迷宮のラビュリンスを張りめぐらして制度を市民から遠ざけ、自分たちのテリトリーを確保しようとしているとしか思えない。しかし難解だと嘆いているだけでは、はじまらない。何とか市民に理解してもらうことが必要だ。ライブ感あふれる本書を読んでもらうと、実際に授業に出席しいているような気がしてくること請け合いである。著者自身のことや「介護保険」「地方分権」など最近の話題も出てきて、楽しんでいるうち、都市法の仕組もすっと頭に入っているのに気がつくことだろう。
 最近街かどウォッチングをしていると、風格のある街並み、趣のある風景がいつの間にか失われているのに愕然とする。環境とならんで景観の保全は、これから人びとが豊かに生きていくのに欠くことはできないのではないかと思う。学生だけでなく、都市問題や街づくりに関心がある人たちに読んでほしいと思う次第である。


                                     愛媛大学法文学部教授 矢野達雄