コラム1

「加害(元)少年の仮退院を聞いて−神戸児童連続殺傷事件を考える−」

<加害少年の仮退院>
 04年3月10日の夜のテレビ各局は、神戸児童連続殺傷事件の加害者である元少年(加害当時14歳だが、既に少年ではなく今は21歳)が、収容先の関東医療少年院を仮退院したというニュースを大々的に報道した。3月10日の各紙夕刊も同様。なおこの仮退院は、加害少年の少年院への入院から6年5カ月後のことだ。

<神戸児童連続殺傷事件とは>
 神戸児童連続殺傷事件とは、神戸市須磨区で1997(平成9)年に発生したもの。2月から3月にかけて小学4年生の山下彩花ちゃん(当時10歳)、別の女児1人がハンマーで殴られたり、ナイフで刺されたりする事件が発生し、彩花ちゃんは死亡、別の女児は負傷した。5月には、小学6年生の土師淳君(当時12歳)の切断遺体が見つかった。
 犯人は「酒鬼薔薇聖斗」を名乗り、神戸新聞社に犯行声明文を送りつけた。加害少年は当時14歳。
 この事件を契機として、一気に少年犯罪見直しの声が高まり、結果的には「14歳から少年の刑事処分可能」と少年法が改正されることになった。

<仮退院とは>
 仮退院とは、少年院での収容期間満了前に仮に退院させること。実社会で保護観察を受けながら生活し、正式退院に向けた準備段階という位置づけだ。この仮退院の決定は、少年院から申請を受けた法務省地方更生保護委員会が行う。保護観察所は、仮退院する者の受け入れ先など生活環境の調整を事前に行うが、仮退院期間中に再び罪を犯せば、少年院に戻されたり、刑務所に収容されたりすることもある。そして最後の正式退院は、仮退院期間中の心身の状況や生活態度などを総合的に判断した上で決められることになる。
 本件では、仮退院の期間は2004(平成16)年12月末まで。問題がなければ正式退院となり、本格的に社会復帰することになる。

<異例の法務省から遺族への通知>
 少年事件における、加害少年の仮退院情報の公表は今回がはじめてであるうえ、仮退院をすることを法務省から被害者の遺族へ通知することは極めて異例なこと。

<異例のメッセージ>
 また、本件については、新聞各紙に異例の3つのメッセージが出されている。その第1は、元加害少年の父母からのメッセージ文書の全文。第2は、被害者の土師淳君の父親と山下彩花ちゃんの母親からの談話全文。第3は、審判担当判事(井垣康弘)から「少年Aへ」と題するメッセージ。これら3つのメッセージは、04年3月10日付朝日新聞夕刊に掲載されている。

<3つのメッセージについて>
 私は、当事者や関係者の書いた文章や談話が発表されるのはいいことだと思う。ここで最も本音が見えるのが、加害少年の両親からのメッセージ。これは加害少年の状況を報告しつつ、謝罪する内容だから書きやすいし、わかりやすい。逆に、最も本音が見えず、苦悩する気持ちをかなり建前論で飾らざるをえなかったと思うのが、被害者の両親の談話。すなわちこれは、「6年5カ月で仮退院なんてそんなバカな!」と叫びたい気持ちを何とか抑制しながら発表した「公式コメント」、「建前コメント」だと私は思う。また、井垣康弘判事のメッセージには賛否両論があるはずだが、私は賛成。なぜなら、裁判官も普通の人間の気持ちをもった人間だということを広く社会に知らせる必要があると思うから。しかしそのためには、この事件だけに限定したのではダメ。裁判官が判決とは別に、人間としてのナマの声を公表するのは大変な勇気がいるはず。ヘタをすると、それは「売名行為」ととられるかもしれないし、その言葉に対して世間から反発を受けるかもしれない。だから今までの裁判官がそういう行動に消極的だったのは当然のこと。しかし、裁判員制度の法案が審議されている今、裁判そのものに対して国民の関心を振り向かせるためには、裁判官のナマの姿や声を見せることも必要だ。したがって井垣判事は、この事件に限定せず、そして他の多くの裁判官は、この井垣判事を見習って、勇気をもって裁判官のナマの声を出してもらいたいと思う。

<少年の可塑性について>
 少年法が少年審判という特殊な手続を定めるのは、少年が可塑性に富んでおり、更生の可能性が高いため。オウム事件の麻原彰晃こと松本智津夫が更生できる可能性は少ないけれども、少年の場合は、更生できる可能性が高いのは当然。また、有名な実例としても、私たち弁護士の世界では、『だから、あなたも生きぬいて』の大平光代さんや『ヤンキー、弁護士になる』の金崎浩之さんのような例もある。また島田紳助さんも元ヤンキーだったが、その後立派に更生し、今や芸能界で活躍する超有名人となったことは誰でも知っているお話だ。したがって、この神戸児童連続殺傷事件の加害少年についても、本当に更生できたらそれはいいことだ。

<加害少年更生のための費用は>
 今回、加害少年の更生のために、少年院のスタッフを父親役、母親役などに配役し「疑似家族」をつくり、更生プログラムを行ったと報道されたが、そこに費やされた費用は、人件費も含めて莫大なものであり、これはすべて税金によるもの。1人の加害少年のために、これだけの費用を国家がつぎ込んで、更生の途を探ることは、すばらしいこと。しかしここで問題は、なぜ彼だけにそれをするのかということ。よく考えてみれば、被害者の山下彩花ちゃんや土師淳君に対しては何ら国家からの補償はない。さらに社会に広く目を向けて考えてみても、犯罪を犯したり、非行にはしる前の予備軍はたくさんおり、その人たちのために国家が費用をかけて、いい環境をつくれば、犯罪や非行は確実に少なくなるはず。しかし現実にはそれは不可能だから、そういう措置はとっていない。そんな中で、なぜ、現実に事件をおこした加害少年だけに、これだけの税金を投入するのか。当然、これは大きな問題であることは明らかだ。

<最終の選択は?>
 所詮この問題の最終的選択は、被害者と加害者のどちらにウエイトを置くかという問題。そしてこれについて今までは、加害者(被告人、加害少年)の側にウエイトを置きすぎていたわけだ。そしてその反省の上に近時は、被害者側により多くのウエイトを置くべきという意見が強くなっている。このように要は、そのバランスをどうとるかの選択が問題なのだ。その選択をするについて必要なのは、建前論ではなく本音の議論。弁護士の知恵を含めて、国民の英知の結集が必要だが、ここでこれ以上私の個人的意見はあえて述べないことにする。
                                                   以上
                                    2004(平成16)年3月11日記